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赤い模様の表紙

書籍名

全集・著作集 ナボコフ・コレクション [全5巻] 処刑への誘い 戯曲 事件 ワルツの発明

著者名

ウラジーミル・ナボコフ (著)、小西 昌隆、毛利 公美、 沼野 充義 (訳)

判型など

494ページ、四六判変型

言語

日本語

発行年月日

2018年2月27日

ISBN コード

978-4-10-505607-0

出版社

新潮社

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ナボコフ・コレクション:処刑への誘い

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新潮社から新たに「ナボコフ・コレクション」として刊行されている全5巻のウラジーミル・ナボコフの作品集のうちの一巻。ウラジーミル・ナボコフ (1899-1977) はロシア生まれのロシア人だが、ロシア革命後西側に亡命し、アメリカで国際的名声を獲得した。彼はロシア語と英語の両方を執筆のために使ったバイリンガル作家として知られるが、このシリーズの特色は、最初にロシア語で書かれた作品は、英訳からではなく、ロシア語オリジナルから翻訳することを基本方針としていることである。本巻収録作のうち、長編『処刑への誘い』は過去に英訳版からの邦訳があるが、今回はロシア語原典から小西昌隆が新訳した。また『事件』The Event (毛利公美 訳) と『ワルツの発明』The Waltz Invention (沼野充義 訳) の二編の戯曲は、過去に一度も翻訳されたことがなく、これが本邦初訳となる。
 
『処刑への誘い』は「認識論的卑劣さ」(gnostical turpitude) という不条理な罪により死刑判決を受けた男を主人公とした未来ディストピア小説である。今回のロシア語版からの新訳によって、ロシア語小説家としてのナボコフの姿が鮮明に日本の読者に伝わることになった。そして、日本におけるナボコフ受容史上大きな意味を持つのは、本巻に収録された二編の戯曲である。これまで劇作家としてのナボコフは、日本ではまったく知られていなかったが、彼が主としてロシア語で執筆していた1940年までの時期には実は八編の戯曲があり、演劇への関心も非常に強かった。『事件』(1938年初演) と『ワルツの発明』(1938年出版) は中でも特に優れた、劇作家としてのナボコフの代表的作品である。
 
『事件』は特定されないある地方都市を舞台とした、テンポの速いドタバタ劇的要素を含む戯曲である。殺人未遂のために服役中の危険な男が、予想外に早く釈放されたために起こる騒動の顛末を描く。一方、『ワルツの発明』は、どんな遠距離でも大爆発を引き起こすことができる装置を発明したワルツという男をめぐる、政治風刺とSF的風味の交じり合った作品。執筆当時のヨーロッパの政治情勢を反映した時事的要素もあり、ワルツの発明した爆弾は原爆を予言するものでもあったが、芸術的にはナボコフの理想とした「夢のドラマ」(dream-drama) の実践の試みであったとも言える。
 
本巻の巻末には、小西昌隆による詳細な『処刑への誘い』の作品解説の他、沼野充義・毛利公美共著による「ナボコフと演劇」という解説論文が収録されている。後者は日本で初めて、劇作家としてのナボコフの創作全体を概観したもので、特に『事件』『ワルツの発明』のモチーフや構造について詳しく分析したうえで、さらにナボコフの演劇観と彼が理想と考えた「夢のドラマ」(dream-drama) について解説している。本巻によってナボコフが小説家としてだけでなく、劇作家としても重要な存在であることが明らかになった。ロシア文学史上、このように小説家・劇作家の両面で活躍した作家としてナボコフと比較できるのは、おそらく、『巨匠とマルタリータ』の作者ミハイル・ブルガーコフであろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 沼野 充義 / 2019)

本の目次

処刑への誘い Приглашение на казнЬ
戯曲
事件 三幕のドラマ的喜劇 Событие
ワルツの発明 三幕のドラマ Изобретение Вальса
作品解説
ウラジーミル・ナボコフ略年譜
 

関連情報

対談:
Book Bang 対談・鼎談/レビュー 【ナボコフ・コレクション刊行記念対談】若島正×沼野充義 巨象ナボコフの全体像が見えてきた (『波』 2017年11月号掲載)
https://www.bookbang.jp/review/article/541070
 
書評:
Book Bang レビュー いしいしんじ (作家) 評 「ギャグよ、うつくしいギャグ」 (『波』 2018年3月号掲載)
https://www.bookbang.jp/review/article/548856
 
ナボコフ・コレクション 処刑への誘い 戯曲 事件 ワルツの発明 (ダ・ヴィンチニュース)
https://ddnavi.com/book/4105056077/
 
秋草俊一郎 (日本大学准教授) 評 「既成概念の枠を広げ新しい読者層を開拓する野心的な試み」 (週刊読書人ウェブ 2017年12月8日)
https://dokushojin.com/article.html?i=2527
 

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