本書は日本の国内外で活躍するロシア研究者・実務家200名以上の執筆になる、ロシア文化全般に関する「読む」事典です。「文化」の内容は広くとらえ、ロシア社会全般についての理解が得られるようにしました。「読む」事典というのは、細かな事実について多くの項目を立てるのではなく、見開き2頁をひとつの項目として、楽しみながらロシアの多様な側面について読み、知り、考えることができるようにしたのです。全362項目のほんの一部を紹介します。「ロマノフ朝」(田中良英)、「軍隊・準軍隊・警察・保安機関」(小泉 悠)、「記念碑」 (前田しほ)、「ことわざ」(水上則子)、「チャストゥーシカ (小唄)」(熊野谷葉子)、「憲法とロシア人の法意識」 (渋谷謙次郎)、「肉と魚の料理あれこれ」(坂内知子)、「テレビドラマと人気番組」(守屋 愛)、「ロシア人の名前」(井上幸義)、「マート――卑猥な言葉・表現」(吉岡ゆき)、「イーゴリ軍記」(中澤敦夫)、「ソ連文学」(平松潤奈)、「女性と文学」(高柳聡子)、「吟遊詩人」(沼野恭子)、「ナボコフ」(秋草俊一郎)、「バレエ・リュス」 (平野恵美子)、「モイセーエフ・バレエ団」(柚木かおり)、「パフォーマンス・アート」(上田洋子)、「スターリン時代の映画」(田中まさき)、「越境する美術――カンディンスキーとシャガール」(福間加容)、「ポスター」 (河村 彩)、「チャイコフスキー」(高橋健一郎)、「女性解放思想」(北井聡子)、「フォルマリズム・記号論」(八木君人)、「ユーラシア主義」(浜由樹子)、「ロケット工学・宇宙開発」(市川 浩)、「科学都市」(片桐俊浩)、「歴史学」(立石洋子)、「ロシアと東洋 (学)」(加藤百合)、「ロシアとユダヤ」(高尾千津子)、「ルーシの歴史とウクライナ」(松里公孝)、「亡命」(諫早勇一)、「ロシア人と時間」(下里俊行)、「ニコライと日本における正教会」(清水俊行)、「シベリア抑留」(富田 武) 等々。三人の編者代表は、「多民族的なロシア文学」(沼野充義)、「ドストエフスキー」(望月哲男)、「レーニン」(池田嘉郎) などを書きました。
この紹介文を書いている今、ロシア軍のウクライナ侵攻という、ロシア・ウクライナ・スラヴ研究者にとって非常に悲しい出来事が進んでいます。両国の文化は、大きな背景を共有しながら、異なる経緯をたどってきました。先日急逝された三谷惠子先生 (本学人文社会系研究科スラヴ語・スラヴ文学研究室) が執筆された「古教会スラヴ語」「スラヴ語としてのロシア語」「ロシアとスラヴ諸国」からは、国境を超えたロシア文化・スラヴ文化の広がりを知ることができます。本事典があらためて、ロシア文化・社会・歴史について読者の理解を深めるのに寄与することを、編者代表の一人として希望します。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 池田 嘉郎 / 2022)
本の目次
ロシアという国の成立 / タタールのくびき / ロマノフ朝 / 蜂起 / 19世紀のロシア帝国 / 農奴解放 / ロシア革命 / 戦争 / レーニン / スターリン / 大テロル / 冷戦 / 雪どけ / 停滞 / ペレストロイカからソ連の解体へ / プーチン / 官僚制 / 勲章とメダル / 指導者 (皇帝) 崇拝 / 農民 / コサック / 決闘と舞踏会 / 社会主義・共産主義 / 流刑 / 収容所 / 軍隊・準軍隊・警察・保安機関 / ◆コラム ピョートル大帝 / エカチェリーナ2世 / ニコライ2世
2章 大地と人 [望月哲男]
気候・気象 / 水域 / 森 / 植物 / 動物 / 農業 / 村落─農民文化の揺籠 / 狩猟・漁労・牧畜 / ロシア的狩猟の今昔 / 住民 / 地域・民族・文化 (1) ヨーロッパ・ロシア中部 / 地域・民族・文化 (2) 北ロシア / 地域・民族・文化 (3) シベリア・極東 / 地域・民族・文化 (4) 沿ヴォルガ / 地域・民族・文化 (5) コーカサス・黒海沿岸 / 極地の探検と開発 / モスクワ / クレムリン・赤の広場・レーニ ン廟 / サンクト・ペテルブルグ / 道 / シベリア鉄道 / 都市と交通の空間 / 公共交通 / 記念碑 / 祝典とパレード / 聖地・世界遺産 / 環境問題 / チェルノブイリ / ロシアの空間的自己イメージ / 白樺と熊 / ◆コラム サハリン島
3章 信仰 [井上まどか]
スラヴの神々 / ロシア正教会 / 正教会とその習慣 / ロシア正教会の聖歌 / 教会建築 / 修道院 / 歴史的な聖堂 / 巡礼 / 聖人・聖愚者 / 聖遺物崇敬 / ラスプーチン / 救世主キリスト大聖堂 / 現代のロシア正教会と信者 / 古儀式派とセクト / 世界主要宗教諸派 / ◆コラム イースターエッグ (パスハの卵)
4章 民衆文化 [熊野谷葉子]
「民衆」とフォークロア / 農村の暮らし / 伝統的な遊びと踊り / マースレニツァと春迎え / トロイカと馬 / 神々と悪魔 / 呪術と占い / 魔女 / 女性の装い / 男性の装い / 木工芸の伝統 / マトリョーシカとその他民芸品 / ブィリーナと歌物語 / 昔話 / ことわざ / アネクドート (小咄) / チャストゥーシカ (小唄) / ◆コラム バラライカ
5章 生活 [熊野谷葉子]
憲法とロシア人の法意識 / 世論調査にみるロシア人の価値観 / 新聞・雑誌とテレビ / 年金制度 / エチケット / 友達付き合い / 住居 / 蒸風呂 (バーニャ) と暖炉 (ペーチ) / 別荘 (ダーチャ) と菜園の恵み / 医療制度 / 民間療法 / ジェンダーとセクシャリティ / 恋愛・結婚・離婚 / 結婚儀礼 / 家庭生活・子育て / 葬儀と墓地 / 度量衡と世界観 / カレンダー / 切手と貨幣 / 冬の暮らし / 毛皮 / 現代ファッション / ◆コラム 行列と日用品の欠乏 / 読書と「書き取り検定」/ ニヒリストとスチリャーギ─ ロシアのカウンターカルチャー
6章 食 [熊野谷葉子]
食文化―飽食と粗食の大きな振れ幅 / 家庭料理と外食 / 伝統的食材 / パンとカーシャ (粥) / ボルシチとピロシキ / 肉と魚の料理あれこれ / スメタナとクリーム / ベリーとキノコ / ウォトカとビール / お茶とクワスとジュース / サモワール / キャビアと前菜 (ザクースカ) / スイーツいろいろ / 斎戒期の食事 / ◆コラム ロシアの寿司ブームと村上春樹 の人気
7章 娯楽とスポーツ [望月哲男・熊野谷葉子]
笑いと芸能 / テレビドラマと人気番組 / サーカス / 観光・保養 / 博覧会 / オリンピックとパラリンピック / 伝統的遊戯と運動 / チェス / シンクロナイズドスイミング (アーティスティックスイミング) / 新体操とフィギュアスケート / サッカーとアイスホッケー / サンボ / ◆コラム 遊園地・子供の遊び場
8章 言葉 [沼野充義]
ロシア語の歴史 / 古教会スラヴ語 / スラヴ語としてのロシア語 / ロシア語の特徴 / ロシア語の文字 / ロシア人の名前 / ロシアの地名 / 挨拶 / マート―卑猥な言葉・表現 / 方言 / ロシア連邦内のさまざまな 民族語 / 世界の中のロシア語 / 日本語に入ったロシア語 / ◆コラム ロシア人と外国語 / 世相や国際情勢を反映した現代語 / 「翼の生えた言葉」―日常的に 使われる名句
9章 文学 [乗松亨平]
読書文化・出版文化 / 詩の伝統 / 中世文学 / イーゴリ軍記 / 18世紀文学 / 文学と国民性・国民文学 / 自伝文学 / ロマン主義 / リアリズム文学 / 象徴主義 / 未来派 / ユーモア・風刺文学 / 大衆文学 / ソ連文学 / 亡命文学 / 多民族的なロシア文学 / 詩の20世紀 / 歴史・ノンフィクション文学 / SF・幻想文学 / 現代文学 / 児童文学 / 言葉の力と文学の権威 / 余計者 / 検閲・イソップの言葉 / 戦争と文学 / 女性と文学 / 都市と文学 / 農村と文学 / 文学と教育 / 吟遊詩人 / プーシキン / ゴーゴリ / ドストエフスキー / トルストイ / ナボコフ / ソルジェニーツィン / 文学賞 / 旅行記 / ◆コラム ロシア文学とエロス / ブルガーコフ / プラトーノフ / パステルナーク / ロシアにおける外国文学の翻訳
10章 舞踏・演劇 [楯岡求美]
近代ロシアバレエ / チャイコフスキーの三大バレエ / バレエ・リュス / ロシア革命後のソ連・ 現代ロシアバレエ / モイセーエフ・バレエ団 / 名バレリーナ・バレエダンサー / バレエ教育と劇場システム / オペラ・バレエ劇場 / パフォーマンス・アート / 民衆演劇 / 近代演劇の勃興 / ドラマ劇場 / 近代戯曲の名作 (1) ロマン主義からリアリズムへ / 近代戯曲の名作 (2) チェーホフと20世紀初頭の演劇 / 劇作家オストロフスキー / スタニスラフスキー / モスクワ芸術座とその系譜 / メイエルホリド / 実験劇場の系譜 / タガンカ劇場とリュビーモフ / ソ連時代の劇作家たち / 児童演劇 / 俳優列伝 / 現代ロシア演劇のさまざな様相 / ◆コラム クシェシンスカヤとニコライ皇太子の恋 / ペレストロイカと文化 / キャバレー
11章 映画 [楯岡求美]
ロシア映画の黎明─ サイレント映画 / エイゼンシュテインとヴェルトフ / スターリン時代の映画 / 文芸映画 /「雪どけ」期の映画―ソ連のニューウェーヴ / ミハルコフとタルコフスキー / パラジャーノフとレンフィルムの鬼才たち / 多民族的ソ連・ロシアの映画の世界 / 娯楽映画 / アニメ / ノルシュテインとチェブラーシカ / 映画の名台詞
12章 美術・建築 [鴻野わか菜]
イコン・宗教美術 / 美術アカデミーと近代絵画 / 移動派とリアリズム絵画 / モデルンとヴルーベリ / 森と海 / 越境する美術―カンディンスキーとシャガール / エルミタージュ美術館 / トレチヤコフ美術館 / 芸術家たちの同盟組織 / ロシア・アヴァンギャルド芸術 / アヴァンギャルドと建築 / ポスター / 社会主義リアリズム芸術 / スターリン時代の建築と都市計画 / ソ連期のアンダーグラウンド芸術 / 現代美術 / モスクワの地下鉄駅 / 現代建築の諸相 / 現代美術のシステム / 絵本 / アーティスト・ブック / 写真 / 彫刻 / ウサージバ・庭園 / ◆コラム 女性芸術家たち
13章 音楽 [鴻野わか菜・沼野充義]
民族音楽・民謡 / 近代音楽の勃興とグリンカ / ロシア五人組 / チャイコフスキー / スクリャービンとラフマニノフ / ストラヴィンスキーとプロコフィエフ / ショスタコーヴィチ / 音楽教育 / ソ連・ロシアの大衆歌謡 / 名指揮者・名演奏家たち / ロシア・ピアニズム / ロシア・オペラの世界 / ジャズとロック / テルミン / ロシア周辺出身の多民族的な現代作曲家たち / ◆コラム 国歌
14章 思想 [坂庭淳史]
母なるロシア,母なる大地 / 終末論 / ナショナリズム,ショーヴィニズム / フリーメイソン / デカブリストと自由思想 / 西欧派 / スラヴ派 / ナロードニキ / アナーキズム / ソボールノスチ (霊的共同性) / コスミズム / 神智学・神秘思想 / 女性解放思想 / ユダヤ人問題 / 建神主義 / 名の哲学・賛名派 / フォルマリズム・記号論 / 亡命ロシア哲学 / ユーラシア主義 / 異論派 (ディシデント) / 現代思想 / ソロヴィヨフ / ベルジャーエフ / バフチン / マルクス=レーニン主義 / ◆コラム モスクワ第三ローマ説 / インテリゲンツィア / 弁証法的唯物論
15章 学術・技術 [金山浩司]
物理学 / 生物学 / 数学 / ロケット工学・宇宙開発 / 核開発 / 科学アカデミー / 科学都市 / ソ連崩壊以降 (90年代) の科学技術体制 / 理数系教育 / インターネット文化 / 権力と科学者たち / 科学主義・科学技術信奉 / 心理学 / 歴史学 / 民族学 / 言語学 / 教育・学校制度 / 博物館 / 図書館 / メイドインUSSR / 武器・兵器 / ◆コラム メンデレーエフ / コワレフスカヤ / パヴロフ / ガガーリンとテレシコワ / テトリス / コンピュータ・サイエンス
16章 ロシアと世界 [池田嘉郎]
ロシアの謎と魅力 / ロシアとヨーロッパ / ロシアと東洋 (学) / ロシアとユダヤ / ロシアと旧帝国周辺民族 (1) 中央アジア / ロシアと旧帝国周辺民族 (2) コーカサス / ルーシの歴史とウクライナ / ロシアとスラヴ諸国 / 亡命 / ロシア人と時間 / ◆コラム 世界で活躍するロシア人
17章 ロシアと日本 [池田嘉郎]
ロシアの日本学 / 日露交流史 / 漂流民 / ニコライと日本における正教会 / 大津事件 / 日露戦争 / シベリア出兵 / 白系ロシア人 / シベリア抑留 / 日露領土の境界 / ロシアの日本趣味 (ジャポニズム) / 日本におけるロシア文学の受容 / 現代日本文化のロシアにおける受容 / 演劇における日露交流 / ◆コラム 日本におけるロシア民謡
関連情報
鼎談: 沼野充義×望月哲男×池田嘉郎『文化事典という物語――日本の長いロシア研究の蓄積の上に二〇〇余名の専門家が集結』 (『図書新聞』第3432号 2020年1月25日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3432
イベント:
『ロシア文化事典』出版記念シンポジウム
謎のロシア、魅惑の文化——ロシア文化史への新しいアプローチ (東京大学文学部現代文芸論・スラヴ語スラヴ文学研究室、東京外国語大学沼野恭子研究室 2020年2月15日)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/genbun/20200215RCD.html