東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にチェーホフの肖像画

書籍名

チェーホフ 七分の絶望と三分の希望

著者名

沼野 充義

判型など

384ページ、四六変形判

言語

日本語

発行年月日

2016年1月26日

ISBN コード

978-4-06-219685-7

出版社

講談社

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チェーホフ

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本書は、ロシアの作家・戯曲家チェーホフの生涯と創作に、現代的かつグローバルな広い視野からのアプローチを試みたものである。チェーホフを中心に置きながら、ロシア・ヨーロッパの社会的背景と19世紀から現代にかけてのロシア文化史全体を広く視野にいれ、なおかつ現代の日本の状況にもつながる要素を考察した。伝記上および作品解釈に関わる新発見も少なくない。文学部の伝統的な実証的文献学と、世界文学の視野から現代的な解釈を試みる現代文芸論的なアプローチの融合の成果である。本書はもともと月刊文芸誌『群像』(講談社) に連載されたもので、文芸誌読者にも受け入れられる親しみやすいスタイルを保持しているが、その反面、現在では入手しにくい珍しい資料を含む膨大なロシア語・欧語文献を駆使し、詳細な索引・文献目録を備えたアカデミックな研究書にもなっている。
 
本書の特色としては、以下のような点が挙げられる。

(1) 伝記的事実を網羅的に編年体で追うことはせず、作家チェーホフにとって特に重要な出来事や時期を選び出し、チェーホフの幼年時代とロシア文学における「幼年時代の神話」、チェーホフを取り巻いた女性たちとの複雑な関係、同時代の革命運動との関わり、サハリン旅行の謎、自分の病に対するチェーホフの不可解な態度などを、伝記的事実と著作の両面から論じて新たな解釈と知見を導いた。チェーホフの精神医療や動物園への関心や、チェーホフの最期の瞬間に飲みほしたシャンペンの謎などについては、新たな資料に基づく解明が行われている。

(2) チェーホフ作品を分析する際にも、やはり網羅的にまんべんなく取り上げることは避け、重要なテーマに関連させながら特に注目すべき作品に絞って論じている。その際には、伝記的探索と作品分析を融合させるアプローチを取っている。例えば第4章「チェーホフとユダヤ人問題」では、チェーホフの最初のフィアンセであったユダヤ人女性との関係に光を当てながら、チェーホフにとっても大きな問題であったユダヤ人問題を彼が創作を通じて「脱構築」したことを論証している。

(3) チェーホフの生きた時代の背景、彼を取り囲んでいた文化的環境にも注意を払い、広い視野、長いタイムスパンからの文化史的見通しを提示するよう努めている。革命運動に参加した多くの女性たち、ロシアのオカルテリズムと宗教、不条理な笑いと時代精神などの話題が、世紀末ロシアの精神史の中で論じられている。
 
このようなアプローチを通じて、本書はこれまであまり着目されてこなかったチェーホフの様々な面に新たな解釈を加えるとともに、チェーホフの生きた時代に文化史的な見通しを切り開く著作となっている。なお本書は新聞・文芸誌から、学会誌に至るまで様々なメディアの書評で取り上げられ、評価されている。
 
巻末には詳細な参考文献表 (ロシア語・欧語文献を含む) と索引が付され、専門的研究書としての形式も備えている。全351頁。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 沼野 充義 / 2017)

本の目次

はじめに
第1章  失われた少年時代
第2章  かわいい魂ちゃん
第3章  ふたりのリジヤ
第4章  チェーホフとユダヤ人問題
第5章  狂気と牢獄
第6章  小さな動物園
第7章  霊性の幸う国で
第8章  革命の女たち
第9章  悲劇か、喜劇か?
第10章  サハリンへ!
第11章  病の歴史
第12章  私は死ぬ
おわりに
年譜
主要参考文献 (ロシア語・欧語文献を含む)
索引
 

関連情報

本書は文芸評論家からも、専門家からも高い評価を受けている。評論家・劇作家山崎正和氏は「沼野氏の博学と博捜をもって可能になったことだが、この本は一九世紀末以来のロシア全体の社会文化史になっている」(『毎日新聞』)、ロシア文学研究者・東京大学名誉教授の浦雅春氏は「論は縦横に駆け巡り、いつしか読者は広大無辺のロシアの文化の森を旅したような感覚におそわれる」(『図書新聞』)と評している。確認できた書評は以下の13件、その他著者インタビューが2件ある。
 
書評:
山城むつみ『群像』2016年3月号、阿刀田高『赤旗』2016年3月6日、松山巌『讀賣新聞』2016年3月20日、中村唯史『週刊読書人』2016年3月25日、池内紀『北海道新聞』2016年3月27日、毛利公美『すばる』2016年4月号、山崎正和『毎日新聞』2016年4月3日、片山杜秀『信濃毎日新聞』2016年4月3日、浦雅春『図書新聞』2016年4月9日、 (匿名、「すんみ」)『週刊朝日』2016年4月22日、川本三郎『週刊ポスト』2016年6月10日、浦雅春『ロシア語ロシア文学研究』第48号 (2016年10月)、宮川絹代、ロシア・東欧学会ホームページ (http://www.gakkai.ac/jogalj07k-820/?action=common_download_main&upload_id=3790) (『ロシア・東欧研究』第46号に同じものが掲載される予定)
 
インタビュー記事:
「チェーホフには深いコク 評論出版「鋭い人間観察で社会参加」『讀賣新聞』2016年3月1日 (聞き手 文化部待田晋哉記者)、「薄味にひそむ情熱と思想」『しんぶん赤旗 (日曜版)』2016年5月15日
 

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