東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

カパック・コチャ儀礼の供物の写真

書籍名

インディオ社会史 アンデス植民地時代を生きた人々

著者名

網野 徹哉

判型など

400ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年9月8日

ISBN コード

978-4-622-08630-7

出版社

みすず書房

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インディオ社会史

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この本は、私が修士課程に入学してから今日に至るまで、少しずつ書いてきた論文の中からいくつかを選って編んだものである。とくに、これまで外国語で発表したものを多くとりあげ、それらを翻訳し、収載した。かなり勇気がいったが、若気の至りの結晶、ともいうべき修士論文をもあえて取り上げた。とは言え、この修論を含め、すべての論文は、私が若いときから紐解いてきた、ペルーやスペインの公文書館が蔵する未刊行の手稿文書の読解・分析に基づいている。
 
ラテンアメリカ史研究は、欧米のそれに比べて、まだだいぶ遅れている部分がある。とりわけ、多くの重要史料がすでに刊本となり、それらを利用することによって高度なオリジナリティをもつ研究を遂行することが可能なそれらの地域と比べ、私たちの研究領域では史料の多くが未刊行手稿の状態にあり、必然的に、海外の古文書館で継続して仕事をしない限り、独創的な勉強はできない。私も修士課程の段階から古文書学を学び、海を渡り、公証人文書や裁判記録などのくずし字と向き合う生活を送ってきた。
 
そうした年月を過ごしつつ、私が探求してきたのは「インディオ」という存在であった。1492年、新世界に到達したコロンブスの誤った認識から「インディアス(アジア世界)の人」とされたアメリカの先住民は、それ以降、なかば蔑称となったこの名で呼ばれ続け、旧世界の諸外国による厳しい政治的、経済的支配のもとに置かれてきた。こうした被抑圧者たちの日常的な生の歴史を明らかにし、彼らが支配階級に向き合うなかで展開してきた多彩な日々の実践や創造的抵抗のありさまを、勝者/敗者という図式にとらわれることなく、生き生きと描き出すこと、そしてヨーロッパ文化と先住民文化の境界面において生成していた多様な現実を繊細に叙述すること……本書を構成する諸論文が目指したのはこうした課題であり、扱われたテーマも、「先住民通訳」、「混血の魔女」、「生と死の狭間で作成された遺言書」、「先住民の聖母の奇蹟」、「カトリックと伝統宗教の境域で営まれた偶像崇拝」そして「植民地時代を生き延びたインカ」など、これまでのラテンアメリカ史研究のなかではあまり扱われてこなかった事柄の探求の成果である。
 
こうした多岐にわたるテーマを一緒くたにした感のある書物の性格を考え、少し異例ではあったが、論文がかたちをなす過程を、みずからの研究生活を振り返りつつ、そしてお世話になった方々への感謝の気持ちを込め、第X〔エックス〕章「謝辞と解題」という長文の一章のなかで紹介してみた。これからラテンアメリカ研究をしてみたいという若い方々への、自省を込めた激励の文章として読んでいただければうれしい。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 網野 徹哉 / 2018)

本の目次

第1章 インカ王の隷属民――ヤナコーナ、アクリャ、ミティマエス
はじめに
1 地方社会におけるヤナコーナ
2 インカ王権のヤナコーナ
3 インカ帝国における隷属の諸相
おわりに

第2章 植民地時代を生きたヤナコーナたち
はじめに
1 再生するヤナコーナ
2 都市社会を生きるヤナコーナ
3 ヤナコーナたちの相貌
おわりに

第3章 通辞と征服
はじめに
1 イスパノアメリカにおける通辞職の確立
2 二人の先住民通辞とカハマルカの出来事
3 カハマルカ以降の二人の通辞
4 誤訳と騒擾
おわりに

第4章 コパカバーナの聖母の涙――マリア像の奇蹟と離散のインディオたち
はじめに
1 セルカード誕生
2 サン・ラサロ教区先住民に対するレドゥクシオン
3 聖母の奇蹟
おわりに

第5章 聖母の信心講とインディオの自由
はじめに
1 セルカード――イエズス会の言説とインディオの言説
2 レドゥクシオンと遺言書
3 インディオの挑戦――大聖堂、御堂付司祭に対する司法闘争
おわりに

第6章 アンデス先住民遺言書論序説――十七世紀ペルー植民地社会を生きた三人のインディオ
はじめに
1 先住民の遺言書の実際――死刑囚アクーリの場合
2 先住民首長の遺言書――グァイナマルキとカハマルキの場合
3 闘争の場としての遺言書――フアナ・チュンビの場合
おわりに

第7章 異文化の統合と抵抗――十七世紀ペルーにおける偶像崇拝根絶巡察を通じて
はじめに
1 カトリック教会による統合
2 インディオ文化の抵抗の諸様相
3 二つの文化のはざまで
おわりに
*補論

第8章 リマの女たちのインカ――呪文におけるインカ表象
はじめに
1 諸王の都リマと女たち
2 異種混淆的術とアンデスの伝統
3 コカと女、そしてインカ
おわりに

第9章 インカ、その三つの顔――古代王権、歴史、反乱
はじめに
1 歴史化されるインカ――植民地時代初期
2 インカ貴族の二十四選挙人会
3 インカへの欲望――植民地時代末期のインカ表象
おわりに――ポスト・コロニアル社会のインカ

第x章 謝辞と解題
1 若気の至り
2 アンダルシアでの出会い
3 冬霧のリマで
4 インディオ社会史
5 植民地時代のインカ
おわりに

初出一覧

索引
 

関連情報

桜井敏浩 評 (『ラテンアメリカ時報』 2017年秋号 No.1420)
https://latin-america.jp/archives/26519
 
桜井敏浩 (アンデス文明研究会会員) 評 (『チャスキ』56号)
 
谷口智子評 (愛知県立大学准教授) 評 (『図書新聞』第3336号 2018年1月27日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3336
 
土屋好古 評  (『史学雑誌』 127編第5号「回顧と展望」 2018年)
http://www.shigakukai.or.jp/journal/index/vol127-2018/#back_05
 
横山和加子 評 (『史学雑誌』 127編第5号「回顧と展望」 2018年)
http://www.shigakukai.or.jp/journal/index/vol127-2018/#back_05
 
髙橋元貴 (建築史) 評 (『都市史研究』第5号 2018年11月25日発行)
http://suth.jp/publication/toshishi_kenkyu_05/
 
伏見岳志 (慶応義塾大学商学部准教授) 評 (慶応義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション 第50号71-79頁 2018年)
http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10032394-20181231-0071
 

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