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ベージュと白の表紙、帯にヒトラーの写真

書籍名

集英社新書 0896A ナチスの「手口」と緊急事態条項

著者名

長谷部 恭男、 石田 勇治

判型など

253ページ

言語

日本語

発行年月日

2017年8月19日

ISBN コード

978-4-08-720896-2

出版社

集英社新書

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ナチスの「手口」と緊急事態条項

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憲法のたったひとつの条文が濫用されることで憲法自体が死文化するなどということがあり得るのだろうか。もしその条文が、非常時に権力を行政府の長に集中させ、国民の基本権を制限するという緊急事態条項であったとしたら・・・?
 
本書は、自民党が日本国憲法に加えようとしている緊急事態条項をめぐって、長谷部恭男氏と語りあった対談の記録である。表題の「ナチスの手口」という表現は、現職の副総理で、財務大臣でもある麻生太郎氏が、改憲論議の進め方について公言した「あの手口学んだらどうかね」(二〇一三年七月二九日) に由来する。民主主義国なら決して真似してはならない政治手法に学べというこの言葉の真意は測りかねるが、ナチスが独裁樹立に向けて用いた「手口」のひとつが、ワイマール憲法に規定された緊急事態条項の濫用であったことは間違いない。自民党は、大規模災害・テロ対策、国民の生命と財産を守るために緊急事態条項は必要だというが、仮にこれが憲法に書き込まれ、為政者によって濫用された時、最悪どのような事態にいたるのか、20世紀のドイツで実際に起きた事例を正しく認識してほしい。対談の出発点にそんな思いがあった。
 
長谷部氏は著名な憲法学者で、ドイツ近現代史を専攻する私とは畑違いだが、ドイツ史にも通暁しておられる。対談では事前に主題を決めて、レジメを交換した上で毎回数時間話し合った。その後、書き起こされた原稿に相互に手を入れ、多少順序を変えたりはしたが、ほぼ話した通りの本になった。取り上げた主題は五つ。それが本書の章立てになった。どの主題も欠かせない論点を含むが、ここではその一部を紹介しよう。
 
「ナチスの手口」を取り上げた第一章では、緊急事態条項がもつ危険性を論じたが、ここで私が示唆したかったことのひとつは、緊急事態条項の濫用はヒトラーに始まったことではないということだ。ワイマール共和国末期、歴代の首相はそれぞれの思惑からこれを濫用し、議会制民主主義を骨抜きにしていった。やがて首相に任命されたヒトラーは、その「成果」の上にやはり緊急事態条項を濫用して、「授権法」(全権委任法) 制定への扉を開き、議会政治にとどめを刺したのだ。緊急事態条項は、ヒトラーのような極端な人物でなくとも、困難に直面した為政者が安易に手を出したくなる危険な代物なのである。
 
第三章では、それにも拘わらず、戦後のドイツでなぜ、憲法 (基本法) に緊急事態条項が書き込まれたのか。そして、そこには濫用を未然に防ぐためにどんな厳しい仕組みが作られたのか。基本法にはいかなる場合も変えられない「永久条項」が存在するという点を含めて、これこそ「学んだらどうかね」といいたくなるような論点を掘り下げた。第四章では、日本の緊急事態条項はドイツよりなぜ危険なのか。「高度に政治的な問題については、裁判所は司法審査権限を行使しない」という「統治行為論」がいまだに支配的な日本司法の問題点を検討した。この法理を退治しないで緊急事態条項を日本国憲法に加えるのは、危険極まりないということである。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石田 勇治 / 2019)

本の目次

はじめに―「憲法問題」の本質を見抜くために 石田勇治

第一章  緊急事態条項は「ナチスの手口」―大統領緊急令と授権法を知る
緊急事態条項の正体/「ナチスの手口」とは何だったのか/一九二九年の世界恐慌で機能不全に陥った国会/議会制民主主義の崩壊を招いた大統領緊急令/シュミットの議会制民主主義への絶望/名望家支配のあとの大衆政治の限界/大統領緊急令の濫発と国会の形骸化/ナチ党を第一党にした運命の選挙/政権が画策していたワイマール憲法解体計画/独裁がとりうる形態―「委任独裁」と「主権独裁」/暴力に裏打ちされる「主権独裁」/なぜ緊急事態条項から「主権独裁」が導かれたのか/保守派が利用しようとして生んだヒトラー首相/ヒトラーの三つの道具/「議事堂炎上事件」でついに国家の緊急事態を宣言/新事実! 議事堂炎上事件はナチスの自作自演/「合法革命」というプロパガンダ/公法学がなぜナチスに対して無力だったか/共産党議員を拘束して成立させた授権法/授権法は憲法改正法だった!/ヒトラーの「決められる政治」を受け入れた世論/緊急事態条項がナチ独裁を可能にした/憲法優位の大原則が確立していなかった?/憲法改正には限界があると主張したシュミット
 
第二章  なぜドイツ国民はナチスに惹き付けられたのか
共産主義が、ナチスか/ナチ党は「労働者のための党」ではない/ワイマール末期と似た現代日本の政治/議会制民主主義の限界とどう向き合うのか/ナチ党の綱領を読み解く/再定義された「国民」/「難民問題」がナチ党支持を広げた/中間層の不満につけ込んだナチ党/個人主義を否定するナチ党綱領/民族共同体が階級意識を打破する/若き知識層を魅了した「保守革命」/ワイマール憲法を否定したかった新保守/保守革命とナチズムを架橋した知識人
 
第三章  いかに戦後ドイツは防波堤をつくったか―似て非なるボン基本法の「緊急事態条項」
「主権独裁」という誘惑/一度は削除された緊急事態条項/「ドイツの主権回復のため」は建前?/東西冷戦が緊急事態条項を復活させた/いかにして暴走を避けるか/緊急事態を絞り込む/行政府にも個人にも権力を集中させない/肝心なのは中央と地方の連携/緊急事態条項は憲法の根本を変えてはならない/憲法を守るための「戦う民主主義」/なぜドイツでは憲法改正を何度も行っているのか/縛りがなければ「緊急事態」の範囲は拡大する
 
第四章  日本の緊急事態条項はドイツよりなぜ危険か―「統治行為論」という落とし穴
フランスの非常事態宣言への誤解/厳格な要件で縛られたフランス緊急事態条項/戒厳令がまとう歴史/規定の少ないアメリカの緊急事態条項/総理が決めればいつでも緊急事態となる自民党改憲草案/日本に「主権独裁」があらわれる?/緊急事態条項は本当に必要なのか/どうしても緊急事態条項をつくるなら/「統治行為論」という落とし穴/戦後ドイツに「統治行為論」は存在しない/司法が優位に立つアメリカ/「統治行為論」の母国フランスでは/内閣の人事権限という日本司法の大問題/不安を煽って権力集中をはかったのが「ナチスの手口」/天賦人権説を捨てたい自民党
 
第五章  「過去の克服」がドイツの憲法を強くした
どんな記憶を伝承するのか/戦後初期は犠牲者の追悼どころではなかった/外圧と独立のためのユダヤ人補償問題/アウシュヴィッツすら語らなかった西ドイツ/分岐点となったアイヒマン裁判/時効との闘い/「私たちにも罪がある」/変わる若者と戦後初の政権交代/一本のドラマが国民の心を動かした/保守派の反動的な動きとヴァイツゼッカ―大統領の演説/ハーバーマスの憲法愛国主義/謝罪は終わるのか/歴史も憲法も「向き合いたくないもの」/「向き合わねばならぬ」という市民の力を/安全保障とは憲法の基本原理を守ること
 
おわりに―憲法の歴史に学ぶ意味 長谷部恭男
 
参考資料 ボン基本法における緊急事態条項及び関連条項
 
参考・引用文献
 

関連情報

著者インタビュー:
ナチ独裁への入り口となった「大統領緊急令」と「緊急事態条項」の共通性。政権が自由に法律を作り、国民の基本権は停止される?!―石田勇治さんに聞く (THE BIG ISSUE ONLINE 2018年12月7日)
http://bigissue-online.jp/archives/1073252643.html
 
「危険な自民党の『緊急事態条項』憲法に新設されたら日本もナチス前夜に」 (季刊『社会運動』430号 2018年4月)
http://cpri.jp/1955/
 
ナチ党台頭に学ぶ憲法改正 熊倉逸男・論説委員が聞く (東京新聞 2018年2月17日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/hiroba/CK2018021702000235.html
 
Web連載&記事:長谷部恭男 憲法学の虫眼鏡「その12 プロイセン憲法争議」 (羽鳥書店ホームページ 2018年2月7日)
http://www.hatorishoten-articles.com/hasebeyasuo/archives/02-2018
 
聞き手:星徹 石田勇治・東京大学教授に聞く「ナチスの手口と安倍政治の危険性」 (週刊金曜日1154号 2017年9月29日)
http://www.kinyobi.co.jp/tokushu/002401.php
 
ナチ研究の第一人者が看破 自民案「緊急事態条項」の正体 (日刊ゲンダイ 2017年9月19日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/213557
 
 
トークイベント、講演、ラジオ出演:
改憲のねらいカンガエル 26日から武蔵野市で 50回目の上映会 (東京新聞 2019年4月24日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/list/201904/CK2019042402000159.html
 
憲法特別講演「ナチスの『手口』と緊急事態条項~ヒトラー独裁の歴史から学ぶ」 (2018年11月24日)
http://chikyuza.net/archives/88168
 
憲法便り#2671 『ナチスの「手口」と緊急事態条項』講師:石田勇治 (2018年10月7日)
https://kenpouq.exblog.jp/29782236/
 
講師:石田勇治《芸術と憲法を考える連続講座》第8回 「ナチスの手口」と芸術 (2018年7月24日)
https://www.peace-geidai.com/2018-07-24-01/
 
早稲田エクステンションセンター 講師:石田勇治 ナチスの「手口」と緊急事態条項 (2018年5月)
http://www.second-academy.com/lecture/WSD42623.html

【音声配信アリ】「改めて知る “ナチスの手口”~ヒトラーは実際何を目指し、何を行ったのか?」
石田勇治x荻上チキ (TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」 2017年9月7日)
https://www.tbsradio.jp/166677
 
独裁「前夜」の危うさ ナチスの手口と緊急事態状況 (社会神奈川新聞 2017年8月31日)
https://www.kanaloco.jp/article/entry-18155.html
 
【動画配信アリ】『ナチスの「手口」と緊急事態条項』刊行記念 長谷部恭男先生×石田勇治先生 (2017年8月24日)
https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/movie/419
トークイベント 前半
https://www.youtube.com/watch?v=mNaNof2P3Qw
トークイベント 後半
https://www.youtube.com/watch?v=chZA1n2cz8E
 
【第266-274号】岩上安身のIWJ特報! 「改憲勢力3分の2」で現実化する「ナチスの手口」 ヴァイマル末期と酷似する現代日本 東京大学教授・石田勇治氏インタビュー (岩上安身のIWJ特報! 2016年9月11日)
https://ch.nicovideo.jp/iwj/blomaga/ar1102387
 
 
書評:
霧山昴 評 「弁護士会の読書」 (福岡県弁護士会 2018年4月17日)
https://www.fben.jp/bookcolumn/2018/04/post_5386.html
 
書籍紹介 ナチスの手口と緊急事態条項 (北海道民医連新聞 2017年10月12日)
https://dominiren.gr.jp/newspaper/book/268/
 
齋藤純一 (早稲田大学教授・政治学) 評 (朝日新聞 2017年10月1日)
https://book.asahi.com/article/11576701
 
(日刊ゲンダイ 2017年9月28日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/214410
 
書籍『ナチスの「手口」と緊急事態条項』」 (法学館憲法研究所 2017年9月25日)
http://www.jicl.jp/old/now/ronbun/backnumber/20170925.html

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