僕は、東京大学において、「批判的思考」で国際情勢を見つめ、外交を論じるゼミを開いている。
本書は、僕のゼミを、広く社会に向けて開放し、世界の最重要課題をゼロから考えてもらおうとする試みである。本書の「はじめに」を抜粋して、その思いを紹介しよう。
世界の危機を伝えるニュースは毎日のように報じられ、僕らはいとも簡単に感覚を麻痺させてしまう。
慣れてはいけないと言われても、同じようなことを何回も言われたら誰だって慣れてしまうものだ。
でも、考えてみてほしい。
1930年代、昭和はじめの日本。日々穏やかに暮らしていた人々は、数年後に日本が大国アメリカと無謀な戦争を始めるなどとは思いもよらなかっただろう。そして、見慣れたいつもの平和な街並みが絶望的な焼け野原に姿を変えるとは、想像もしなかっただろう。
平和は、失われて初めてその大切さがわかると言う。裏を返せば、僕らは目の前にある平和が当たり前のもので、ある日突然失われてしまうなどとは思わずに今を生きているということだ。
しかしあなたは、平和を失ってもいいと思っているだろうか?
ノーと答えたのならば、あなたがやるべきことははっきりしている。
「思い込み」や「慣れ」を排し、常日頃から世界の動きをフォローし、平和や安全の問題を考え、外交はどうあるべきか、周りの人々と議論し、小さくても何か具体的な行動につなげていくことだ。
僕のゼミでは、国際問題をさまざまな視点から解説し、学生たちに質問し、そして、皆で考え、議論する。
批判的思考を重視するため、文字通りのゼロから、国際政治について考えていく。
仮にも東大に進学して教養課程を経た学生たちにとっては「何をいまさら」という話かもしれないが、この「いまさら」にこそ落とし穴があると、僕は考えている。
外務省の秘密文書「日本外交の過誤」(吉田茂首相の指示によって戦前の日本外交の作為と不作為による外交の過誤を検証した調書) には、結論の第一に、「すべて根本が大切である」とある。論語では、「本を務む。本立ちて道生ず」(根本を把握するよう努力すれば自然に道が見えて来る) と云う。根本に誤りがあれば、「枝葉末節の苦心は単なる自慰に終わる他ない」(同文書) のである。戦前の日本同様、今この時代も、根本を論じることが求められている。国際政治をゼロから考えること、それこそ、僕がこの本で実践したいことなのだ。
本書に登場するメンバーは、以下の4人である。
霞が関さん: 外務省を志望。理想を持ちつつも現実を直視することをモットーとする
厚木くん: 防衛省を志望。軍事力は何にも勝ると考え、世界の軍事事情に異常に詳しい
青山さん: 国連職員を志望。人権や自由の価値を重視し、真の世界平和を強く願う
兜くん: グローバル企業を志望。お金こそが人を動かし、世界を動かす力だと考える
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 小原 雅博 / 2019)
本の目次
Part.1 「国際政治」の本質を考える
第1回 国際社会の秩序とは何か
第2回 「世界連邦」は実現可能か
Part.2 「戦争と平和」で本当に大切なこと
第3回 社会にとって銃は悪か
第4回 平和のための軍事力はどうあるべきか
第5回 「核のない世界」は到来するか
Part.3 異なる正義と交渉するには
第6回 アジアの戦後秩序はどう作られ、変化したか
第7回 北朝鮮はなぜ核・ミサイルを手放さないのか
第8回 模擬交渉:米朝会談を「実際に」やってみる
Part.4 最高の外交を実現するには
第9回 「国益」は誰のためか
最終回 パワーは国益をどう変えるのか
おわりに――ゼミを終えて
白熱ゼミまとめ――あとがきに代えて
国際政治を学ぶ人のための参考書
関連情報
小原 雅博「所有率世界7位、スイスで銃乱射を聞かない意味 - 東大の学生と国際政治の根本について考える」 (東洋経済ONLINE 2019年7月16日)
https://toyokeizai.net/articles/-/289330