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書籍名

[けいそうブックス] 天皇と軍隊の近代史

著者名

加藤 陽子

判型など

384ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2019年10月

ISBN コード

978-4-326-24850-6

出版社

勁草書房

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天皇と軍隊の近代史

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本書は、1930年代の日本の軍事と外交を専門としてきた著者が、ときに、東大教養学部の学生に向けて講義した学術俯瞰講義、ときに、『岩波講座 日本歴史』の一章として寄せた論文などを中心に編んだ8章からなる部分と、書き下ろした長い総論を一本柱とする部分から構成されている。
 
著者は、博士論文で検討した内容を中心に書かれた最初の著書『模索する1930年代 日米関係と陸軍中堅層』以来、英国から米国に国際秩序形成のヘゲモニーが移ってゆく1930年代にあって、安全保障という点では、アメリカ中立法という外枠が設定され、経済発展ということでは、やはりアメリカの互恵通商法という「坂の上の雲」(到達すべき国家目標) が日本の目の前に現れる。このような時代にあって、安全と経済という二つの領域で政治的発言力を強めていった軍部、特に陸軍を分析対象として研究を進めてきた。
 
この間の筆者の研究を支えていた問題意識は、次の点にあった。過去の痛苦を「忘れないこと」や、戦争の前兆に「気づくこと」が、戦争を考えるときにそれほど万能な処方箋なのか、との淡い疑念である。過去を忘れないことや前兆に気づくことによってだけでは、戦争の本質を摑まえるのは難しいのではないかとの思いである。そこで、非合理と暴力という要素から軍を描く方向性からではなく、ひとまず、(i) 国家の安全の概念と外交政策形成との関係に及ぼす政治主体としての軍、特に陸軍を描き、(ii) 政府の政策決定の本質的変容における軍の影響力を描こうと考えた。
 
さらに、明仁天皇 (現上皇) 自身の発意により、200年余年ぶりとなる譲位による皇位継承が2020年春になされたことからくる現代的な問題関心がこれに加わった。近代の天皇の在り方をめぐる制度は、天皇が徴兵制軍隊を親率するとの理念によって支えられていた。軍隊を政治的中立の位置に置く必要性は、西郷隆盛による内乱・西南戦争を経験した明治政府にとっては不可欠のことだった。だが、1882 (明治15) 年の軍人勅諭中の「股肱の臣」と表現された天皇と軍隊の特別な親密さや、1889 (明治22) 年の大日本帝国憲法中の統帥大権 (第11条) と編制大権 (第12条) が規定する最高命令権者としての天皇の権威は、第一次世界大戦を契機として大きく動揺を来してゆく。
 
書き下ろしの総論では、1931年の満州事変から1933年の国際連盟脱退通告に至る時期の昭和天皇と軍隊との緊張関係を論じた。1932年は上海事変、血盟団事件、五・一五事件等、謀略やテロが内外に続発した年だったが、驚くべきことに、天皇はこの年7月の陸軍士官学校卒業式に安全上の理由から出席できないでいた。またこの年、木戸幸一などの宮中側近は「五箇条の誓文」に比すべき詔書を出すべく準備を進めていた。天皇親率という理念のもとに「股肱の臣」と謳われて明治初年に創設された軍隊は、天皇に対して何故このように緊張をはらんだ存在となったのか。軍人の政治不干与を要求していた軍人勅諭はいかに踏み破られていったのか。社会の中で歴史的に支持されていた論理が覆されてゆく、その理由と過程をおさえた。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 加藤 陽子 / 2020)

本の目次

はしがき

総 論 天皇と軍隊から考える近代史
 1 天皇と軍隊、その特別な関係
 2 軍の論理と「幕府」論の存在
 3 徴兵制と軍人勅諭
 4 宮中側近への攻撃と満州事変の作為
 5 共産主義の影
 6 士官候補生の天皇観
 7 事件の計画性について
 8 上海事変の持った意味とは
 9 皇族という不安と詔書渙発
 おわりに

第1章 戦争の記憶と国家の位置づけ
 はじめに
 1 戦争の記憶
 2 日清戦争研究の現在
 3 日露戦争研究の現在
 おわりに

第2章 軍国主義の勃興──明治維新から第一次世界大戦終結まで
 はじめに
 1 日本の朝鮮観・中国観の特質
 2 政軍関係の特質と構造
 3 日清・日露開戦の過誤と正当化の論理
 4 植民地帝国日本の権益と国際情勢

第3章 第一次世界大戦中の「戦後」構想──講和準備委員会と幣原喜重郎
 はじめに
 1 背景となる時代状況
 2 会議録の分析
 3 どのような論拠で利権を奪取するか
 おわりに

第4章 一九三〇年代の戦争は何をめぐる闘争だったのか
 はじめに
 1 国際軍事裁判所条例の革命性
 2 指導者責任論が成立した背景
 3 一九三〇年代アメリカの「中立」
 4 日中戦争を語る語彙から見えるもの

第5章 総力戦下の政─軍関係
 はじめに
 1 政軍関係論と第一次大戦
 2 統帥権の内実の変容
 3 宣戦布告なき戦争
 4 対米英蘭戦争へ
 おわりに

第6章 大政翼賛会の成立から対英米開戦まで
 はじめに
 1 欧州情勢の激変と近衛新体制の始動
 2 国策決定の新方式と非決定の内実
 3 「革新」派の論理と大政翼賛会の成立
 4 三国同盟の調印と自主的決定の確保
 5 国際関係のなかの日米交渉

第7章 日本軍の武装解除についての一考察
 はじめに
 1 武装解除をめぐる攻防
 2 昭和天皇と遼東還附の詔勅
 3 アメリカのジレンマ
 4 実際の武装解除過程
 おわりに

第8章 「戦場」と「焼け跡」のあいだ

あとがき
事項索引
人名索引
初出一覧
 

関連情報

書籍紹介:
あとがきたちよみ (けいそうビブリオフィル 2019年10月21日)
https://keisobiblio.com/2019/10/21/atogakitachiyomi_tennoutoguntainokindaishi/
 
書評:
呉座勇一 評 (『朝日新聞』 2020年1月11日)
https://book.asahi.com/article/13025929
 
井上寿一 (学習院大学教授) 評「気鋭の近代史研究者 陰謀史観ギリギリの提起」 (『週刊エコノミスト』 2020年1月7日号)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20200107/se1/00m/020/014000c
 
吉田裕 評「政軍関係の変遷を明らかに」 (『日本経済新聞』 2019年12月14日)
https://r.nikkei.com/article/DGXKZO53320300T11C19A2MY7000?s=6
 
山田朗 (明治大学教授) 評 (『しんぶん赤旗日曜版』 2019年12月8日)
https://www.jcp.or.jp/akahata/web_weekly/201110/191208/
 
講座:
天皇と軍隊の近代史 - 軍人勅諭の踏み破り方と叛乱・内乱をめぐる裁判の行方 (朝日カルチャーセンター 2020年6月11日)
https://www.asahiculture.jp/course/shinjuku/f337b5ae-9c9c-a235-50f4-5e2044301dca
 
刊行記念イベント:
『天皇と軍隊の近代史』刊行記念 加藤陽子さんトークイベント「軍人勅諭の踏み破り方~「20世紀帝国」日本の国体と神話」 (ジュンク堂書店池袋本店 2019年10月22日)
https://www.keisoshobo.co.jp/news/n31634.html
 
刊行記念フェア:
https://www.keisoshobo.co.jp/news/n32164.html
 
 

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