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白い表紙に白黒のドローイング

書籍名

世界歴史大系 アイルランド史

著者名

上野 格、森 ありさ、 勝田 俊輔 (共編)

判型など

504ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年6月

ISBN コード

978-4-634-46206-9

出版社

山川出版社

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アイルランド史

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日本の西洋史学界において、最も詳細で最も信頼性の高い概説書として定評を得ているのが、山川出版社の『世界歴史大系』のシリーズであり、今回『アイルランド史』が新たに加わった。本書は、14名の執筆者による本文9章と補説18項および、年表や地図などの付録からなり、今日「北アイルランド」となっている地域も含めたアイルランドの歴史を、先史時代から21世紀にかけて通観する。
 
一般の日本人がイメージする「アイルランド」は、「イギリス」の長年の植民地支配のもと、貧困・ナショナリズムの暴力・宗教対立に苦しんできた国なのかも知れない。だが、アイルランドの歴史の実態はそうした一面化を許さない。古代のアイルランドは、ローマ帝国の支配を受けなかった点で西ヨーロッパでも例外的であり、このためゲール文化と呼ばれる独自の文化を発展させることになった。また、修道院を中心とするキリスト教信仰が栄え、ヨーロッパにおけるキリスト教の先進地域ともなった。
 
アイルランド史における古代から中世への移行を画するのが、ノルマン人の侵入と入植である。これにより、イングランド王は名目上アイルランド島に支配権を主張することになったが、実際には入植したノルマン人領主はゲール人の文化と融合しつつ自立化傾向を強めて、アイルランドは地方権力の分立状態が続く。イングランド王権が支配権を実質化しようとして始めた再征服が、アイルランド史の近世の幕を開ける。この過程でアイルランドは「アイルランド王国」となってイングランド王国と同君連合を形成するが、その一方で宗教改革の試みは失敗し、アイルランドは少数のプロテスタントと多数のカトリックを抱える宗教的に分断された社会となった。その後、イングランド (およびスコットランド) から再度の大規模な入植が行われ、カトリックの土地をプロテスタントが収奪することで、アイルランド島は同時代のヨーロッパでも例外的な規模の社会変動を経験する。近世のアイルランドは、こうしてプロテスタントを主役とする国となり、経済的にも繁栄して、首都のダブリンは、「イギリス」帝国第二の都市へと発展した。
 
フランス革命期のアイルランドは、フランスの支援のもと、同君連合体制を解体しようとする大規模な反乱を起こすが、反乱は鎮圧され、グレートブリテン政府は両国の結合を強化するために連合王国を建国する。こうして近代に移行したものの、アイルランドは、19世紀ヨーロッパ最大の災害であるジャガイモ飢饉によって大量の死者と難民を出してしまう。その後のアイルランドは大量の移民を世界各地に送り出し、同世紀のヨーロッパにおいて、世紀初めと世紀終わりで人口の減っている唯一の国 (地域) となる。その一方、世紀後半のアイルランドは、政教分離や自作農創設などの先進的な改革政策が連続的に導入され、一種の社会実験の場となった。
 
こうした諸策にもかかわらず、連合王国政府はアイルランド問題を解決することはできなかった。アイルランド現代史は、独立戦争と内戦の激動を経て、南が共和国としてECに加盟した一方で、北は連合王国に自治地域として残留する形の政治的分断を生み出してしまう。共和国は、人口減少に悩みつつもカトリック / ゲール文化振興策を推進することで新しいアイデンティティの構築に成功する。北アイルランドは、凄惨な政治的テロを経験しつつも、和解・平和運動において、世界の紛争解決のモデルとなってもきた。現在の南北アイルランドは、人口増加と経済復興が著しく、西ヨーロッパで最もテロの危険の小さい地であるとも言える。こうした多様性と変化がアイルランドの歴史を特徴づけるのであり、本書はその経緯を詳細に浮き描きだす。

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 勝田 俊輔 / 2019)

本の目次

序  章 なぜアイルランドか―日本人のアイルランドへの眼差し (上野 格)
第1章 先史時代から初期キリスト教時代 (盛 節子・田付秋子)
第2章 ノルマン侵攻と植民 (田付秋子)
第3章 王国への昇格と植民地化の進展 (山本 正)
第4章 名誉革命とプロテスタント優位体制の成立 (後藤浩子)
第5章 連合王国の発足とオコーネルの時代 (勝田俊輔)
第6章 大飢饉と移民 (齋藤英里)
第7章 テナント権闘争と自治運動の時代 (森 ありさ)
第8章 独立から現代へ (森 ありさ・池田真紀)
第9章 北アイルランド (堀越 智)
 

関連情報

書評:
槙野 翔 (東京大学人文社会系研究科博士課程) 評 「豊かな研究成果の導き手に – 長年強く求められてきた学術的入門書」 (『週刊読書人』第3260号 2018年10月12日)
https://dokushojin.com/article.html?i=4383
 

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