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白い表紙に黒と赤の書名

書籍名

増補決定版 「自己決定権」という罠――ナチスから新型コロナ感染症まで

著者名

小松 美彦、 今野 哲男 (聞き手)

判型など

376ページ、四六判、並製

言語

日本語

発行年月日

2020年12月22日

ISBN コード

978-4-7684-3585-4

出版社

現代書館

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今日の日本において、「自己決定権」という言葉は広く社会に普及したように見受けられる。しかも、その言葉に備わった考え方は、自明のこととして受け入れられがちだといえよう。だが、そうした潮流の始まりは、さほど古いことではない。
 
そもそも自己決定権とは、1970年代初頭に米国で誕生した生命倫理の中心理念である。日本には80年代後半から脳死・臓器移植の推進手段として導入され、次第に他の分野や場面にも広がり、今日に至った。つまり、日本では1968年の通称和田心臓移植以来、臓器移植わけても脳死状態からの臓器移植はタブー視される傾向にあったが、その状況を打開すべく導入されたのが米国産の自己決定権なのであった。それは簡単にいうと、次の論理を日本社会に突きつけた。「脳死・臓器移植に反対の者は自分がやらなければよい。しかし、臓器を提供するのも、臓器の移植を受けるのも個々人の権利であり、そのような権利を差し止める権利は何人にもない」。この論理は多大な説得力をもち、それに違和感を抱く人々も、違和感の正体をつかめず、根源的な批判を繰り出せなかったのである。
 
本書は、概略このような自己決定権に対して、批判的検討を多角的に行ったものである。ただし、刊行の経緯は込み入っている。すなわち、そもそも筆者は1996年に『死は共鳴する――脳死・臓器移植の深みへ』という研究書を著し、おそらく世界的にもはじめて自己決定権に対する原理的な批判を試みた。そして2004年、その内容を一般向けに語りおろし、『自己決定権は幻想である』として上梓した。また、それから約15年後の2018年、その間の状況を踏まえ、前著の改訂版として『「自己決定権」という罠――ナチスから相模原障害者殺傷事件まで』を刊行した。そしてさらに2020年、現下の新型コロナ感染症の問題に対応すべく、新章などを書きおろし、本書『増補決定版 「自己決定権」という罠――ナチスから新型コロナ感染症まで』へと改訂したのである。かくして、本書は数えて第3版となる。
 
そのような本書の概要は以下である。まず、私たちが日々行っている行為としての「自己決定」と、権利として要求・容認される「自己決定権」とを峻別した。そしてそのうえで、後者の自己決定権を、主に4つの視座から批判的に検討した。(1) 生と死をめぐって自己決定権がそもそも成り立つのかという、原理的視座。(2) 自己決定権がとりわけナチス・ドイツでいかなる災厄をもたらしたのかという、歴史的視座。(3) 自己決定権が日常的にどのような事態を招くのかという、現実的視座。(4) 自己決定権の基礎をなす、生と死の把握のしかたを省察する視座。これらである。医療や死生問題などの事例をもとに、平易に説いた所存である。
 
特に力を注いだ増補章では、まず、近年の脳死・臓器移植と安楽死・尊厳死の問題で自己決定権がいかに権力装置として機能しているのか、さらには、「人間の尊厳」という新奇な言葉と概念が私たちをいかに巧妙に死へと誘うのか、それらを政府戦略やメディア報道の分析とともに論じた (増補第1章)。また、2016年に起こった「相模原障害者殺傷事件」に関して、犯人の尊厳思想と、事件を取り巻く日本の歴次的状況を、かなり掘り下げて検討した (増補第2章)。そして最後に、現下の「新型コロナ感染症」をめぐって、「日本政府の基本施策」、「緊急事態宣言の発出」、「PCR検査の不拡充」、「医学・医療と死のありよう」について、独自の観点から徹底的に考察した所存である。それは、M.フーコーやG.アガンベンなどの生権力論の超克を目指したものでもある (増補第3章)。
 
はたして、自明とされる事柄や概念を無批判に受け入れることは、思考停止にほかなるまい。しかも、暗黙の前提を問いなおすことこそが、学問の要ではないだろうか。本書は、それらを省みる契機にもなるように思われる。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小松 美彦 / 2021)

本の目次

はじめに
序  章  「自己決定権」とは何か
第1章  私はなぜ自己決定権を認めないのか
第2章  自己決定と自己決定権はどう違うのか
第3章  自己決定権と福祉国家の行方
第4章  死をめぐる感性、批判をめぐる感性
第5章  ノンと言いつづけることの重要さについて
終  章  自己決定権批判の課題はどこにあるのか
増補第1章  「自己決定権」をめぐる二〇一八年の状況
増補第2章  鏡としての「相模原障害者殺傷事件」
増補第3章  新型コロナ感染症禍の現在を抉る———「新日本零年」に向けて
第一版あとがき
第二版あとがき
第三版あとがき

 

関連情報

(第2版に対する) 書評論文:
香川知晶「読書案内コラム 小松美彦『生権力の歴史――脳死・尊厳死・人間の尊厳をめぐって』、『「自己決定権」という罠――ナチスから相模原障害者殺傷事件まで』」 (加藤泰史・小島毅編『尊厳と社会 (上)』法政大学出版局、257-262頁 2020年3月)
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-15107-1.html
 
「『自己決定権』という罠」小松美彦著 聞き手・今野哲男 (日刊ゲンダイDIGITAL 2018年10月7日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/239025
 
書籍紹介:
【増補決定版】「自己決定権」という罠: ナチスから新型コロナ感染症まで (find goodホームページ 2021年1月18日)
https://findgood.jp/new-products/newbook-20201225-017/
 
受賞歴:
2014年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞 優秀賞
http://jssts.jp/content/view/260/34/

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