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クリーム色の表紙

書籍名

学術会議叢書24 〈いのち〉はいかに語りうるか? ―生命科学・生命倫理における人文知の意義―

著者名

香川 知晶、斎藤 光、 小松 美彦、 島薗 進、安藤 泰至、轟 孝夫、大庭 健、山極 壽一

判型など

271ページ

言語

日本語

発行年月日

2018年3月

ISBN コード

978-4990997205

出版社

公益財団法人 日本学術協力財団

出版社URL

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〈いのち〉はいかに語りうるか?

20世紀の最後の四半世紀は、自然科学の最先端が物理学から生命科学に置きかわった時代でした。その傾向は今世紀に入ってますます顕著になり、生命科学の進展はとどまるところを知らないかのようです。
 
たとえば、2003年にはヒトゲノム計画が完了し、人間のDNAの全塩基配列が解読されました。そして現在では、その成果をもとに、個々人のDNAの特徴に見合ったオーダーメイド医療が研究されています。また、周知のように、iPS細胞を用いた再生医療の研究も盛んで、眼の難病や心不全やパーキンソン病などの臨床研究が始まりつつあります。さらには、ゲノム編集技術の革新により、生命科学は人間を含む生物の設計図を書き改め、新たな〈生命・いのち〉を作製可能な段階に突入しています。
 
このような目を見張る動向にあって、〈生命・いのち〉はすべて生命科学などの自然科学で理解できるかのような認識が社会的に拡がっています。しかも、自然科学による以外のその理解は不要であるかのような風潮すら生まれています。しかし、自然科学は、本当に〈生命・いのち〉そのものを解き明かしてきたのでしょうか。私たちは、上記のような技術的成果を次々と耳目にして、〈生命・いのち〉も次々と解明されてきたと思い込んでいるのではないでしょうか。〈生命・いのち〉の技術的な操作とその科学的な解明とを、混同し同一視しているのではないでしょうか。こうした提起に疑問をもつなら、そもそも自然科学に対する昨今の期待が、自然や〈生命・いのち〉それ自体を探究することから、社会的に役に立つことに変容している事態に、注意してみるべきでしょう。
 
顧みれば、〈生命・いのち〉を探究してきたのは、自然科学・生命科学だけではありません。文芸や絵画・音楽・演劇などの諸芸術、そしてまさに人文科学・社会科学もまた、自然科学・生命科学とは別の視点から、〈生命・いのち〉の正体の把握に挑んできました。それは、既に科学的な色彩を帯びた〈生命〉というよりも、私たちの日々の感覚に根差した〈いのち〉の探究だといえます。しかし現在、そうした探究の歴史と成果が看過され、忘却されかけているのです。
 
本書は、8人の論者がおよそ以上のような問題意識を背景として、〈生命・いのち〉をめぐる諸問題について、自然科学・生命科学の現況を踏まえながら、人文科学の見地から多面的に検討したものです。具体的には、まず、自然科学・生命科学による〈生命・いのち〉の理解の現状、問題点、限界を歴史的に省み、人文科学による生命観を対置しました。その上で、〈生命・いのち〉の始まりと終わりの場面に関する倫理的問題を考察しました。さらには、近代技術の根本性格と、「社会的に役に立つ」という今日の志向性の検討を通じて、私たちの進むべき方向性を考えました。そして最後に、以上の難題に取り組むべき生命倫理学が資本主義に包摂され、その取り組みを回避している構造的問題の検討を提唱しました。
 
もちろん、本書は、〈生命・いのち〉をめぐる諸問題に決定的な回答や処方箋を与えるものではありません。しかしながら、この問題が自然科学による理解では尽くせないこと、そして、そこにおいて人文科学・社会科学が多大な意義を有していること、書籍全体をとおして、それがわかるはずです。その意味で、本書は世界的にも類例を見ない一書のはずです。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小松 美彦 / 2018)

本の目次

発刊に寄せて 山極壽一
発刊にあたって 香川知晶
はじめに————〈いのち〉、人文知からのアプローチ 香川知晶
1  「遺伝子」概念・「細胞」概念のゆらぎと拡散 斎藤 光
2  〈いのち〉はいかに理解されるか————科学的生命観と人生論的生命観 小松美彦
3  医学・医療領域におけるゲノム編集の倫理問題————人をつくりかえる技術は許容できるか? 島薗 進
4  生命操作システムのなかの〈いのち〉————生の終わりをめぐる生命倫理問題を中心に 安藤泰至
5  〈いのち〉はいかに語りうるか————ハイデガー技術論の観点から 轟 孝夫
6  技術と欲望——ニーズに応えるという陥穽 大庭 健
付論  生命倫理の倫理性————学際領域と人文知の現在 香川知晶
 

関連情報

本書に関する鼎談:
島薗進・香川知晶・小松美彦「人文知は科学技術の暴走を止められるか——『〈いのち〉はいかに語りうるか?』刊行を機に」 (『週刊読書人』2018年5月11日号)
https://dokushojin.com/article.html?i=3285
 
受賞歴:
2014年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞 優秀賞
武蔵野大学薬学部 教授 小松 美彦 (こまつよしひこ)
「日本への生命倫理の導入をめぐるキーパーソンの証言―メタバイオエシックスの展開へ」
http://jssts.jp/content/view/260/34/
 

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