毎日のニュースを繙いてみても、地球温暖化による異常気象から、iPS細胞による新たな医療の可能性にいたるまで、現代社会において、科学・技術という分野は、政治や経済から文化、芸術にいたるまで、あらゆる領域に影響を及ぼしつつある存在である。当然、その社会への影響を考察するのは、自然科学者だけでなく、人文、社会科学者にとっても重要な課題となりつつある。
本書で取り上げるのは、現在国際的に研究が盛んになりつつある、科学技術の社会的研究 (social studies of science and technology: STS) という視点にもとづく研究である。社会的研究 (social studies) というのは、社会科学を横断した、の意味で、現代的課題の多く (例えば都市、災害、医療等) が、様々な社会科学の領域を横断しているために、近年よく用いられる用語である。ここではそれを科学・技術そのもののダイナミズムの研究に応用したものである。
そうした研究分野には、様々な手法があり、対象も様々である。この本では、近年のゲノム研究、創薬過程、情報インフラといったテーマを中心にあつかっているが、その手法も、ミクロ、マクロの両面を併用している。例えば、第一部は、ある研究所での長期フィールドワークにもとづく、ラボレベルでのミクロ活動の詳細な組織論的分析の章 (いわゆるラボラトリー研究にもとづく) が中心となっている。その中には、異なる科学の分野でのある種の文化摩擦についての詳細な記述や、基本的に自発的とされる研究動向を、どうやって現場でマネージしていくかという点をあつかった章もある。第二部はそれらをよりマクロの視点から、その歴史的動態、科学政策との関わりといった側面を取り上げている。その中には、過去のビッグサイエンス計画の歴史的推移を分析した章もある。第三部は、筆者の前書である『学習の生態学』でとりあげた一連のテーマ、例えばリスク管理と組織事故といったテーマが、科学・技術という文脈においてはどう取り扱われるかを、考察している。その中には、テクノロジーによって身体能力がエンハンスされるときに、分野によってどのような違いが生じるか、といった比較制度論的な議論も行なっている。
タイトルの『真理の工場』という言葉は、一種のメタファーとして、ゲノム研究のように、あるレベルで自動化が進む生命科学の一部の変容にヒントをえているが、もちろん大量に生み出されるデータというイメージは、昨今のビッグデータ論等とも密接に関係しているのは言うまでもない。近年では、科学技術の社会的研究を基盤として、アート、デザイン、美学といった領域も再検討しようという国際的な動向もある。本書がこうした刺激的な研究への、入門の役割を果たせれば幸いである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 福島 真人 / 2018)
本の目次
I 研究実践のミクロ分析
第1章 リサーチ・パス分析――研究実践のミクロ戦略について
第2章 組織としてのラボラトリー――意味と調整のダイナミズム
第3章 知識移転の神話と現実――技能のインターラクティブ・モデル
II 研究実践のマクロ分析
第4章 研究過程のレジリエンス――逆境と復元する力
第5章 ラボと政策の間――研究,共同体,行政の相互構成
第6章 巨大プロジェクトの盛衰――タンパク3000計画の歴史分析
第7章 知識インフラと価値振動――データベースにおけるモノと情報
III リスク,組織,研究体制
第8章 科学の防御システム――組織的「指標」としての捏造問題
第9章 因果のネットワーク――複雑なシステムにおける原因認識の諸問題
第10章 身体,テクノロジー,エンハンスメント――ブレードランナーと記憶装置
第11章 日常的実験と「実験」の間――制約の諸条件を観る
附 論 リスクを飼い馴らす――危機管理としての救急医療