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モカブラウンの模様の表紙

書籍名

科学技術社会論の挑戦 1 科学技術社会論とは何か

判型など

208ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年4月17日

ISBN コード

978-4-13-064311-5

出版社

東京大学出版会

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科学技術社会論とは何か

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科学技術社会論 (STS) とは何だろうか。科学と技術と社会のインターフェイスに発生する問題について、人文・社会科学の方法論を用いて探求する学問である。たとえば、哲学からは、「科学とよばれているものは何なのか」「真実とは何か」、社会学からは「社会は科学技術研究のプロセスにどのような影響を与えるのか」、歴史学からは「真実とよばれるものは各時代でどのようにとらえられてきたのか」、倫理学からは「科学者の社会的責任、技術者の社会的責任とは何か」、政治学からは「科学と民主主義の関係とは」といった問いが提起される。
 
科学技術社会論はこれらの問いを探求していくのであるが、それだけではない。探求しながら、同時に「つなぐ」「こえる」「動く」ことを行っている。「つなぐ」とは、科学技術研究の現場と社会とをつなぐ、自然科学や技術の分野と人文・社会科学分野をつなぐ、研究者と市民との間をつなぐ、といったことを指す。実際STSの課題は、分野と分野の間の隙間、各組織の所掌範囲の隙間、いままで交流がなかった集団同士の隙間に発生することが多く、それらをつなぐことが課題となることが多い。たとえば科学技術のELSIは、先端科学技術が社会にうめこまれるときの倫理・法的・社会的含意を考えることであるが、それらを各利害関係者(研究者、市民、政策決定者、産業界、NPOなどの第三セクター)と共に考えるには、科学技術研究の現場と社会とをつなぐと同時に、自然科学や技術の分野と人文・社会科学分野をつなぎ、研究者と市民との間や研究者と産業間の間をつなぐことが必要となる。
 
「こえる」とは、学問分野の境界を越えて課題に対処する、組織の壁をこえて問題に対処することを意味する。たとえば東日本大震災直後の原発事故を考えたとき、東電の担当者を糾弾するだけで問題は解決するだろうか。「Aという組織がXをしたから、けしからん」と組織を攻撃し、組織外の人々が事故や災害を他人事と考えている限り、問題は解決しない。組織や制度をどう変えれば今後問題を防げるのかを共に考えること、どのようにシステムを再編すれば日本が世界のなかで責任を果たしているとみなされるかを考えることが必要だろう。その場合、組織外の人々も他人事ではすまされない。新しい制度化への議論の参加が必須となる。そのとき、次の「動く」が重要となる。
 
「動く」とは、たとえば組織や制度をどう変えれば今後の問題を防ぐことができるのかを共に考える場を設計し運営することである。環境問題に対処するための市民WSを開催する、AIの倫理を考えるための市民WSを運営する、遺伝子組み換え食品やゲノム編集作物の安全性を考えるための市民WSを企画する、なども考えられるだろう。
 
本叢書は、以上のような特徴をもつ科学技術社会論の研究と実践をわかりやすく伝えるためにつくられている。叢書は3分冊からなり、本書はその第一分冊である。この分野の学としての成り立ちや現実の課題群を概説することを目的としている。第二分冊は、より個別具体的な課題ごとの解説を目的とし、第三分冊はより方法論に焦点をあてた解説をおこなっている。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 藤垣 裕子 / 2020)

本の目次

 刊行にあたって
はじめに
第1章 科学技術の論じ方   小林傳司
 1.「STSとは何か」という問い 
 2.STSの固有性? 
 3.メタ学の批評性 
 4.科学と民主主義 
 5.社会の科学技術化 
 6.STSが取り組むべき問題群の例示 
第2章 ものの見方を変える  藤垣裕子
 1.現実の見え方を変えるSTS 
 2.分野の分断を統合する力をもつSTS 
 3.科学と社会の間を結ぶSTS——公共空間論 
 4.壁を越える力をもつSTS——リベラルアーツにSTSが果たす役割 
第3章 技術とは何か  柴田 清
 1.技術論とは――労働手段体系説と意識的適用説 
 2.技術の評価と制御の可能性――価値中立性 
 3.技術に関する「決定論」と「社会構成論」 
 4.技術に関わる学と業 
 5.技術の評価 
 6.まとめに代えて
第4章 イノベーション論――科学技術社会論との接点  綾部宏則
 1.STSとISの相互作用の現状
 2.なぜSTSとISは没交渉となったのか
 3.STSとISの接点
 4.おわりに
第5章 科学技術政策との関係    小林信一
 1.STSと科学技術政策
 2.STSハンドブックと科学技術政策研究
 3.科学技術政策研究に影響を与えているSTSの理論や概念
 4.科学技術政策研究の課題とSTSからのアプローチへの期待
第6章 高等教育政策のなかの位置づけ  塚原修一
 1.高等教育政策の概要
 2.高等教育政策の展開
 3.高等教育における科学技術分野
 4.科学技術社会論の展開 
第7章 東アジアと欧州のSTS  塚原東吾
 1.課題と問題の枠組み 
 2.文明論としての東アジアの科学・技術と社会 
 3.東アジア「の」STS——ネットワークの形成 
 4.東アジアSTSジャーナル――そのポジショニング(位置付け)の宣言
 5.最近のSTSをめぐる議論――Law and Lin
 6.結語に代えて

関連情報

東京大学出版会 科学技術社会論の挑戦【全3巻】
http://www.utp.or.jp/book/b508189.html

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