本書は、2018年10月に開催されたシンポジウム「資本主義と倫理-分断社会をこえて-」(京都大学経済研究所主催) の記録です。第I部の講演と、第II部の討論からなります。
このシンポジウムは、筆者が京都大学経済研究所に在職していたとき、所長の溝端佐登史先生たちと企画したものです。その狙いは、「資本主義とは何かといった根源的な問題に迫りつつ、分断社会をこえる社会のあり方を展望しよう」(溝端佐登史先生の「序」より) とすることです。実際、シンポジウムでは、資本主義の本質や経済学のあり方を問う、熱気ある議論が行われました。
第I部は、三つの講演からなります。
講演1は、理論経済学者の岩井克人先生による「経済の中に倫理を見出す」です。資本主義や市民社会のあり方として、教科書的な契約関係だけでなく、信任関係を取り入れる必要があることなどが語られます。
講演2は、農業経済学者の生源寺眞一先生による「社会を支える農業・農村」です。持続的なコモンズを形成するには、教科書的な合理的で利己的な行動を前提とするのではなく、協調行動を生み出すルールづくりが重要であることなどが語られます。
講演3は、移行経済学者の溝端佐登史先生による「資本主義社会をつくる」です。ロシアや東欧における社会主義から資本主義への体制転換をたどることで、社会的コストの大きさや資本主義をつくることの教訓などが語られます。
第II部では、討論が行われます。まず社会心理学者の内田由紀子先生から、「日本社会における資本主義と倫理」と題した話題提供が行われます。ポジティブな協調性のヒントとしてソーシャル・キャピタルなどが紹介されます。
以上の講演や話題提供を踏まえて、パネル・ディスカッションが行われます。そこでは、ポスト産業資本主義にはじまり、学際的なコミュニケーションや経済学の有効域、大学の学問・教育のあり方など多岐にわたる議論がかわされます。
資本主義について、ドイツの代表的な知識人であるユルゲン・ハーバーマスは、ある論考の中で、2008年の国際的金融危機は、納税者なしに、国際的な金融・経済システムの破局からまぬがれることができなかったと指摘しています。つまり、資本主義は自力で再生できないということです。
こうした資本主義の本質的な議論に対して、経済学はどのように応答できるのでしょうか。資本主義が道を踏み外して自壊しないような方向性を示すことができるのでしょうか。本書の講演・討論はいずれも、資本主義のあり方を考え、これを分析する経済学のあり方を考える上で示唆に富むものです。そして同時に、資本主義ないし経済社会を議論するには、特定の経済分野だけでなく、異分野との交流の重要性にも気づかせてくれるでしょう。
(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 准教授 小嶋 大造 / 2019)
本の目次
第I部 講演
講演1 経済の中に倫理を見出す-資本主義の新しい形と伝統芸能- 岩井克人
講演2 社会を支える農業・農村-新潮流と変わらぬ本質- 生源寺眞一
講演3 資本主義経済をつくる-体制転換30年を振り返る- 溝端佐登史
第II部 討論
話題提供 日本社会における資本主義と倫理 内田由紀子
パネル・ディスカッション
パネリスト 岩井克人・生源寺眞一・溝端 佐登史・内田由紀子
司会 小嶋大造
関連情報
塚本恭章 (愛知大学教員) 評 <倫理>の復権から資本主義の未来へ (週刊読書人ウェブ 2019年10月18日)
https://dokushojin.com/article.html?i=6072
祖田 修 評 (日本農業新聞 2019年6月9日)
https://www.agrinews.co.jp/
伊東光晴 評 (毎日新聞朝刊 2019年5月26日)
https://mainichi.jp/articles/20190526/ddm/015/070/010000c