ジョン・ロバーソン (John Robertson ケンブリッジ大学歴史学部) は啓蒙研究の第一人者としてしられている。ロバートソンは、1951年にスコットランドのダンディーに生まれた。オックスフォード大学で、近代史Modern Historyの分野でFirst Classで学士号を取得 (1972年) 後、同大学で、歴史学者として名高いHugh Trevor-Roper (1914-2003年) の指導もとで、博士号を取得 (1981年)。博士論文は「改善に取り組む市民: スコットランド啓蒙における民兵論争と政治思想 "The improving citizens: militia debates and political thought in the Scottish Enlightenment"」という論題であった。1975年からは、オックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジの研究講師 (Research Lecturer) をつとめ (1980年まで)、1980年からは、オックスフォード大学セント・ヒュー・カレッジの近代史フェロー・チューターを、近代史の大学講師 (University Lecturer) をつとめた (2010年) まで。その後、ケンブリッジ大学歴史学部に政治思想史の教授として就任した。この講座は、クエンティン・スキナーがかつて着任していた思想史研究の世界的中心のポストである。
ケンブリッジ大学の思想史研究は、スキナーらが提唱した文脈主義 (contextualism) で知られる。それは、思想家のテキストは、先行の、あるいは同時代の諸思想や社会状況に左右されるものであるとし、それらの文脈の分析を通じて、テキストを読解することを特徴的な研究手法とする。ロバートソンもまた、文脈主義に基づいて啓蒙研究を行なっている。
その著者による、最新の研究成果を踏まえた啓蒙主義思想の入門書が本書である。本書は、啓蒙主義の時代背景、思想を幅広いトピックに渡り叙述している。その叙述は手堅く、なおかつ、積年の著者の知的蓄積が存分に活かされている。
スコットランド啓蒙が、ヨーロッパの共有された知的遺産を引き継いでいるという論点については、さらに、単著として、ロバートソンは、『啓蒙の擁護─スコットランドとナポリ1680-1760年 (The Case for the Enlightenment: Scotland and Naples, 1680-1760)』(Cambridge: Cambridge U. P., 2005) で詳述した。それは、近年の啓蒙研究が細分化し、啓蒙が複数のものに分化して研究されている現状に対して、改めて一つの啓蒙を主張する著作である。かつての啓蒙研究は、ポール・アザールやエルンスト・カッシーラーやフランコ・ヴェントゥーリやピーター・ゲイら、啓蒙の流れを一つに捉える研究がみられた。対して、近年では、個別研究の急速な進展により、スコットランドやフランスやナポリなど個別のコンテクストからの研究が盛んになり、さらにそれぞれのコンテクストの中でも、それぞれ必ずしも両立するわけではない多面的な研究が行われるようになってきた。ロバートソンのこの著作は、個別の国・地域のコンテクストを超えて啓蒙が一つの共有したプロジェクトを有していることを、極めて精緻な研究を踏まえつつ示した、文字通りの大著である。
本書においても、こうした著者の研究のアプローチが、随所に見られる。啓蒙とは何かを知りたい学生にはうってつけの入門書である。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 准教授 野原 慎司 / 2019)
本の目次
謝辞
第1章 啓蒙
第2章 宗教との関わり
第3章 境遇の改善
第4章 公衆を啓蒙する
第5章 哲学と歴史の中の啓蒙
訳者解説
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索引