本書は、平成31年間に日本語で出版された書籍のうち50冊を選び、それぞれを書評することで、平成とはどのような時代であったのかを、本を通して考えてみようとしたものである。執筆に当たったのは岡ノ谷一夫 (東京大学大学院総合文化研究科)、梯久美子 (ノンフィクション作家)、牧原出 (東京大学先端科学技術研究センター) の3名である。岡ノ谷は主に自然科学、梯は文芸・人文科学、牧原は社会科学を担当したが、それ以外の分野の本も自由に選んだ。
平成時代を10年ずつの3つに区切り、それぞれの10年にどのような出来事がありどのような本が読まれたのかを、執筆者3名で鼎談しながら、書評すべき本を選んだ。発散しがちな鼎談は、読売新聞文化部の記者により軌道修正され、平成という時代が見えてくるものとしてまとまった。さらに、同記者によって、ゲスト評者が数名選ばれ、書評に多様性を持たせた。
選ばれた50冊から見えてくる平成には、いくつかの顔がある。第一に、平成時代は、昭和という戦乱と経済発展の激動の時代をなんとか着地させるための時代であった。昭和を着地させるのに、30年以上が必要だった。第二に、戦争は無かったものの、自然災害やテロによる不条理な死が誰の身にも起こりえることを認識せねばならなくなった時代であった。昭和では死は国民全体に均等に影を落としたが、平成ではサイコロでも振るようにでたらめに起こる事象となった。第三に、情報技術の急激すぎる発達により、出版文化と読書文化が大きな変貌を経験した時代であった。情報が紙の本として物理的に手に入る時代が終わりつつある。第四に、科学の最先端が市民の関心を引くようになった時代であった。科学はしかし、必ずしも希望を表すものではなくなってしまった。
第一の視点から選ばれた本として、「収容所から来た遺書」(辺見じゅん)、「昭和天皇独白録」(寺崎英成ほか)、「ひろしま」(石内都) 等がある。第二の視点からは、「東日本大震災を詠む」(俳句四協会)、「1Q84」(村上春樹) 等があげられる。第三の視点からは「フラット化する世界」(T.フリードマン)、「ビッグデータと人工知能」(西垣通)、「サピエンス全史」(Y.N.ハラリ) 等がある。第四の視点からは「免疫の意味論」(多田富雄)、「論文捏造」(村松秀) 等をあげておこう。
平成という時代を総括するため、ここにあげた50冊を読破することは決して不可能ではない。むしろ、このように書籍を通じて時代を語れるのは平成が最後ではないだろうか。今後、時代は書籍として記録されるのではなく、電子空間に散在する断片的情報として残されてゆくであろう。そのことで、今後の知のあり方も必然的に変わってゆくだろう。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 岡ノ谷 一夫 / 2020)
本の目次
第一章 「昭和」からの脱却を模索して
第二章 世界の多極化と混迷を極める日本
第三章 東日本大震災と新しい価値の胎動
第四章 文化部記者が振り返る平成
おわりに
関連情報
https://www.j-sla.or.jp/
書籍紹介:
今月の本だな (広報にいざ 令和2年11月号 No.1043 2020年11月1日)
https://mykoho.jp/article/%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C%E6%96%B0%E5%BA%A7%E5%B8%82/%E5%BA%83%E5%A0%B1%E3%81%AB%E3%81%84%E3%81%96-%E4%BB%A4%E5%92%8C2%E5%B9%B411%E6%9C%88%E5%8F%B7%EF%BC%88no-1043%EF%BC%89/%E4%BB%8A%E6%9C%88%E3%81%AE%E6%9C%AC%E3%81%A0%E3%81%AA/
関連記事:
槇原 出『本棚から読む平成史』(河出書房新社)トークイベントを終えて (note 2019年7月14日)
https://note.com/izurumakihara/n/n49aca557812a