教育心理学の実践ベース・アプローチ 実践しつつ研究を創出する
教育心理学は、その成立以来、「教育実践を直接研究しておらず、教育実践の役に立たない学問になっていないか」という批判をその内部に抱えていた。基礎的な実験や調査によるデータを統計的に分析するアプローチが主流で、それをどのように教育場面に生かすのかということが、研究者側にも、実践者側にも見えにくかったといえるだろう。それを克服するための活動がこの30年ほどの間、徐々に広がっている。
その一つの試みが、本書で紹介する「実践ベース・アプローチ」である。これは、教育心理学者自身が何らかの実践活動をしつつ研究するというものだ。医学や臨床心理学では、当然のように思われるかもしれないが、教育心理学、とりわけ「教授・学習」と呼ばれる領域では、日本でも世界でもまず行われてこなかった。もちろん、教育研究者は学校教員と同じではないが、直接的に学習者に関わる場をもつことは可能である。
筆者 (市川) の研究室では、この20年ほどの間に、そうした研究をしたいという大学院生がしだいに増え、児童生徒への個別学習支援、中学生への学習ゼミナールの企画・運営、学習方法改善の出張授業、学校の授業づくりへの長期的な参加・協力などを行いながら、それらを検討しあい、さらにそこから問題を立ち上げて学位論文にしてきた。
ひと頃であれば、このような研究が学会で論文として認められることはなかったかもしれない。しかし、最近はいくつかの学術雑誌で教育実践を対象とした論文のジャンルが設けられるようになり、その道が開けつつある。本書は、こうして筆者や卒業生たちが発表してきた学術論文を、研究の背景やその後の展開なども含めて、読みやすい形に書き改めたものである。
私たちは、こうしたアプローチによって、教科や小中高の校種の壁を越えて、一つ一つの実践を核にして議論しあう場をもつことができるようになった。「研究者も実践し、実践者も研究する」という初期の理念が、しだいに実りつつある。教育心理学の学生や若手研究者はもとより、学校教員や他分野の教育関係者にも本書を読んでいただき、連携を拡げる契機となればと思っている。
(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 名誉教授 市川 伸一 / 2020)
本の目次
序 章 心理学と教育実践を結ぶために:「実践ベース・アプローチ」とは(市川伸一)
第I部 実践ベースの研究をどうすすめるか
第1章 実践のフィールドをもつには(市川伸一)
第2章 実践ベースの研究の発表の場(市川伸一)
第II部 自らの教育実践を研究にする
第3章 学習者の言語的説明を重視した認知カウンセリング(市川伸一)
第4章 教訓帰納に着目した認知カウンセリング:教科をこえた「学習方法の転移」はどのようにして起こるのか(植阪友理)
第5章 読解の個別学習指導における相互説明:対象レベル-メタレベルの分業による協同の効果を探る(清河幸子・犬塚美輪)
第6章 教えあいを促す高校の学習法講座(深谷達史・田中瑛津子)
第7章 小学校と研究者が連携した授業改善の取り組みとその分析(深谷達史・植阪友理・太田裕子・小泉一弘・市川伸一)
第8章 教師の失敗は近接する授業の改善にどう活かされるか(篠ヶ谷圭太・深谷達史・市川伸一)
第9章 英語の歌とCG制作を融合した「遊びと学びゼミナール」の試み(市川伸一)
第III部 自らの実践を通して基礎研究を生む
第10章 テスト形式は学習方略にどう影響するか(村山 航)
第11章 効果的な予習を実現するためには(篠ヶ谷圭太)
第12章 教訓帰納は学校でどう指導できるか(瀬尾美紀子)
第13章 数学力構成要素の測定と指導法開発(鈴木雅之)
第14章 図表をかきながら考える学習者を育てるには(植阪友理)
第15章 科学的に考えるために必要な知識・スキルとは(小林寛子)
第16章 英語リスニング学習の改善に向けて(小山義徳)