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女性の後ろ姿のモノクロ写真

書籍名

忘却の記憶 広島

著者名

東 琢磨、 川本 隆史、 仙波 希望 (共編)

判型など

432ページ、四六判変型、並製

言語

日本語

発行年月日

2018年10月

ISBN コード

978-4-86503-065-5

出版社

月曜社

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忘却の記憶 広島

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世代と関心領域を異にする広島生まれの編者3名が、当初の企画から10年の歳月をかけて編み上げた、ユニークな論集。帯のキャッチコピーには《広島学を起動する》とあり、その趣旨が以下のように敷衍されている――「被害地でも加害地でもある錯綜した場に立つ者は、いかに記憶を語り、あるいは忘却するのか。なぜそれは忘却されなければならなかったのかを問うことを通して、はじめて現在の広島を揺り動かすことができる。幾度も物語られるこの場所をもう一度語り直すために、批評家、研究者、労働者、アーティストなど13人が、街、島、路地……の記憶を織り上げる新たな試み=広島学の出発!」(最も若い編者である仙波希望の文案)。
 
編者のひとり東琢磨は、本書の制作に携わるなかで「「水俣学」のような「広島学」がなぜ成立してこなかったのか、また、それが今からでも立ち上がってくる可能性はあるのだろうかということを漠然と考えていた」という。そして「まず、広島に必要なのは、英語でCritical Contemporary Local Historyと表記してみて、それを強引に日本語化した「批判的郷土現代史」のような意識である」との結論にいたる (本書394‐395ページ)。さらに東は、タイトル《忘却の記憶》に込めたねらいを「わからないということがわかり、忘れていることがあるのだということを記憶し、知らないことがあるのだと知っておくために」と明言したのである (「あとがきにかえて」の副題)。
 
本書の導入部には、最年長の編者である川本隆史の論考とインタビューが置かれている。原爆被爆者や被爆二世との交流および広島平和研究所主催の国際シンポジウム (2004年7月31日) における発題を通じて、川本が着想を固めた「記憶のケア」がこの本を駆動した問題関心のひとつであった。
 
「記憶のケア」(caring for memories) とは、不幸や痛みの「記憶」が陥りがちな固定観念への凝固をほぐしつつ、当初の記憶がはらんでいたゆがみや欠落をていねいに見直し・正す企ての謂いである。とりわけ原爆にまつわる「記憶のケア」は、大量殺戮の被害者として一括されがちな被爆者一人ひとりの暮らしと思いに立ち返りつつ、被爆の記憶を手入れ (ケア) しようとする取り組みにほかならず、当事者以外の人びととも痛苦な記憶を共有 (シェア) する足場を提供してくれるのではないか。こうした見通しを川本は立てる。
 
学術論文の寄せ集めのパターンを脱却せんとする意気込みは、目次を一瞥するだけでも伝わってこよう。「忘却と記憶の時空」から「歴史と都市」、「ことば・映像」を経て、「文化実践と「ジモト学」」までをカバーする本書の作品群の中でも、ひときわ異彩を放っているのが、カラー写真を配したガタロ+ハルミの「飯と恨――パフォーマンスの記録」である。さらに個性的なブックガイドや読みでのある年表を、巻末に付しておいた。
 
出版のスタイル・外見にも工夫を凝らすべく、担当編集者の発案により46判変型を採用している。カバー写真には、広島出身のフォトグラファー笹岡啓子の写真集『PARK CITY』から示唆に富んだショットを提供いただき、まさしく画竜点睛の仕上がりとなった。
 
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 名誉教授 川本 隆史 / 2019)

本の目次

目次
 
忘却の記憶:編者まえがきあるいは解題的なものとして | 東 琢磨

◆忘却と記憶の時空
記憶のケアから記憶の共有へ: エノラ・ゲイ展示論争の教訓 | 川本隆史
「記憶のケア」を織り上げる: <脱集計化> を縦糸、<脱中心化> を横糸に | 川本隆史インタビュー; 聞き手=仙波希望 / 東 琢磨
忘却の口: 他なる記憶の避難所として | 東 琢磨

◆歴史と都市
軍都=学都としての広島 | 小田智敏
<平和都市> 空間の系譜学 | 仙波希望
<そこにいてはならないもの> たちの声: 広島・「復興」を生きる技法の社会史 | 西井麻里奈
原爆資料館の人形展示を考える | 鍋島唯衣

◆ことば・映像
記憶する言葉へ: 忘却と暴力の歴史に抗して | 柿木伸之
占領の表象としての原爆映画におけるマリア像: 熊井 啓『地の群れ』を中心に | 片岡佑介
結晶たちの「ヒロシマ」: 諏訪敦彦の『H Story』と『A Letter from Hiroshima』 | 井上 間従文

恨と飯: パフォーマンスの記録 | ガタロ+ハルミ

◆文化実践と「ジモト学」
ジモトへのだらしない越境: 哲学カフェとエルカップの試み | 上村 崇
「ジモト」を旅する / 旅に落ち着く | 峰崎真弥

ブックガイド
それぞれの <ヒロシマ> をとおって 編者むすび | 東 琢磨
あとがきにかえて | 東 琢磨
年表
編者・執筆者紹介
 

関連情報

書評:
好井裕明 (日本大学文理学部社会学科教授) 評 「読み応えのあるヒロシマ論 - 「記憶」の「劣化」を防ぐために) (『週刊読書人』 2018年12月7日)
https://dokushojin.com/article.html?i=4672

渡邊英理 評 「「忘却の口」=他なる記憶の穴へとはいりこむ――「信頼」への「信頼」を忘れていたかもしれないことに、わたしたちは本書を通じて気づくことができる」 (『図書新聞』 2019年1月19日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3383
 

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