本書は、本サイトで別に紹介した拙著『鳥居強右衛門 語り継がれる武士の魂』と同様に、史料編纂所の共同利用・共同研究拠点による特定共同研究「関連史料の収集による長篠合戦の立体的復元」のなかから生まれました。
「立体的復元」の表現は若干比喩的です。長篠の戦いを文献史料からだけでなく、絵画史料も含めて検討しようといった意図から名づけたものでした。天正3年 (1575) に三河有海原にて起きた長篠の戦いについては、よく知られているとおり、このいくさを描いた「長篠合戦図屏風」がいくつか伝えられています。
これらの屏風はすべて江戸時代になってから制作されました。では、なぜこれら屏風が作られたのでしょうか。この点については、長篠合戦図屏風と一双になって伝わることの多い「長久手合戦図屏風」の制作背景を追究する研究が最近深化したことにより、政治的な意図があったと論じられるようになっています。
ただいっぽうで、その説に対する批判もあります。本書では、その論争の当事者 (高橋修氏と原史彦氏) 双方に寄稿いただいており、どういった点が論点になるのか、双方の主張を知ることができます。いまだ決着がついていない、研究の最前線がここからわかるというわけです。
本書は二部構成をとり、第一部では、織田信長・徳川家康・武田勝頼にとって、長篠の戦いとはどのような意味を持ったのかという論点や、文献史料にもとづき、長篠の戦いがどのように記録され、伝えられたのかを歴史学や国文学の研究者が考えています。
そして第二部では、前述した長篠合戦図屏風の「徹底解説」篇としました。この第二部では、現在知られている主要な長篠合戦図屏風を選び、共同研究に参加したメンバーがそれぞれの屏風を徹底的に読みこみ、その特徴を論じています。とくに研究上重要視されている三点 (名古屋市博物館本・犬山城白帝文庫本・徳川美術館本) については、それぞれを所蔵する機関の学芸員が執筆しています。このため、屏風を細部にわたりじっくりと観察した成果が盛り込まれています。
これら屏風は、名古屋市博物館本を除いて構図はほとんど同じなのですが、よく観察すると、それぞれ微妙なちがいが見られます。それぞれがいつ頃描かれ、何を元に描かれたのかといった基本的な論点はもちろんのこと、一種類の屏風をこれだけ丹念に読み解いた解説群はほかに類例がないと思いますし、合戦図屏風の見方というのもここからある程度知ることができ、面白い構成になったと自負しております。
(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 金子 拓 / 2020)
本の目次
第一部 長篠合戦を語る史料
金子 拓「織田信長にとっての長篠の戦い」
谷口 央「近世社会の中の長篠の戦い―鳶巣砦攻撃の発案者から見る一試論―」
木下 聡「長篠合戦における戦死者の推移について」
柳沢昌紀「長篠合戦をめぐる近世初・前期刊行軍書―甫庵『信長記』『太閤記』を中心に―」
湯浅大司「長篠・設楽原古戦場論」
コラム 鴨川達夫「長篠の戦いと武田勝頼」
コラム 阿部哲人「『上杉家御年譜』に記された織田信長」
コラム 山田貴司「細川家における信長の記憶」
第二部 屏風で読み解く長篠合戦
徹底解説1 高橋 修「【総論】長篠・長久手合戦図屛風」
徹底解説2 津田卓子「名古屋市博物館蔵「長篠合戦図屛風」」
徹底解説3 白水 正「犬山城白帝文庫蔵「長篠合戦図屏風」」
徹底解説4 須藤茂樹「大阪城天守閣蔵「長篠合戦図屏風」」
徹底解説5 原 史彦「徳川美術館蔵「長篠合戦図屏風」」
徹底解説6 湯浅大司「豊田市郷土資料館蔵「長篠合戦図屏風」」
徹底解説7 金子 拓「東京国立博物館蔵「長篠合戦図屏風」」
コラム 高橋 修「長篠・長久手合戦図屏風論争」
コラム 金子 拓「鳶巣砦攻めの目撃者」
コラム 金子 拓「落合左平次道次背旗」
関連情報
Interview: 金子拓 (東京大史料編纂所准教授) 「学際的研究成果盛る 『長篠合戦の史科学』刊行」 (毎日新聞朝刊 2018年12月1日)
https://mainichi.jp/articles/20181201/ddm/014/040/015000c
書評:
「『長篠合戦の史料学』を読む」 (金子 拓、井上泰至、堀 新、山本聡美) (『東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター通信』85号 2019年4月)
https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/gazo/centernewslist.htm