東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

和紙調の白い表紙に穴銭の永楽通宝の模様

書籍名

織田信長権力論

著者名

金子 拓

判型など

436ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2015年4月28日

ISBN コード

9784642029254

出版社

吉川弘文館

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織田信長権力論

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本書は、織田信長の権力がいかなる仕組みを通じて発揮され、そこにどんな人びとが関わったのか、足利義昭に近仕した武家・公家の動向や、寺社・朝廷に関する史料を検討して明らかにしようとした論文を集めた論文集です。
 
そもそもわたしは織田信長を研究しようと志したわけではありませんでした。研究を出発させるにあたり、そのようなことを考えたことすらありませんでした。
 
ではなぜ、このような信長に関する論文集を出すに至ったのか。本サイトの別の本 (『大日本史料』第十編之二十九) のところでも述べたように、仕事として、信長の時代の史料集を編纂することになったからです。
 
史料集の編纂は、それまで積み重ねられてきた多くの研究に学びながら進められています。その意味では、先行研究を土台にして問題点を見つけ、自分なりの切り口で対象について研究調査をおこなう個人研究のやり方と変わりません。ひとつひとつのできごとについて、それに関わる史料を編む作業は、ひとつのレポート、場合によってはひとつの論文を仕上げるほどの作業量が必要になります。
 
ただ史料集の編纂が個人研究と異なるのは、個人研究が自分なりの視角から、素材となる史料を取捨選択して歴史像を明らかにしようとするのに対し、ひとつのできごとに関わる史料を可能なかぎり集め、それらを恣意的な選択なしに研究の素材として提供する仕事であるということです。
 
そのような立ち位置から、織田信長に関わるできごとについての史料編纂をしてゆくなかで、自分でも不思議に思ったことがありました。
 
集めてきた史料から、いままで自分が植え付けられてきた (恐らく世間一般もそう考えている) 信長像、つまり、絶対的な権力を志向し、古い考えにとらわれず、自らに反する者を排除して突き進んでゆく、他を圧する強くて怖い人間、そのような姿が感じられなかったのです。逆に接した史料から見えてきたのは、既存の秩序をできるだけ尊重し、対立する双方から意見を聴いて、無理せずに物事を判断しようとする、保守的、協調的、理性的な姿でした。朝廷・天皇の上に立とう、そんな姿勢は微塵もないのです。こんな信長像はおかしいのか、ひとつひとつの論点について、その都度くりかえし信長研究の専門家にたしかめたほどでした。
 
ともかくこのような問題意識から、とくに本書の中核となる第二部・第三部の各論文はできあがりました。近年学界では、強権的な信長像の再検討という動きが活発になり、本書もそれに棹さしたものであります。むしろ、この潮流の一端を担っているという評価を与えて下さる方もおり、ありがたいと思っています。このような考察が可能だったのは、わたしがむしろ信長という研究対象に思い入れがなく、まっさらな立場から向き合うことができたからでしょう。崇拝・敬意や悪意などさまざまな感情抜きに、客観的立場で信長に向き合えたというわけです。
 
ただ問題は、こうやって一書にまとめると、今度は協調的・保守的・秩序重視という像を前提としてしか信長を見なくなる危険性があることです。いくら客観的立場を意識しようとしても、結局信長のやることを一定の角度からしか解釈しなくなる、そのために史料を自分の都合のいいように選びかねません。自分でもそんな姿勢が無意識のうちに染みこんでいるような気がしています。これはあぶない徴候です。
 
ではこの危険を回避するにはどうすべきなのか。結局以前のように、あるできごとについて、関係する史料をとにかく集め、それを読みこんでゆく、そんな史料集編纂の作業に没頭することにより、そこから浮かんできた信長の姿を提示する。それしかないでしょう。浮かんできた像が、これまで自分が考えてきたものと違ったならば仕方ない。謙虚に修正してゆくだけです。
 
信長という人物が、日本史上もっともイメージが先行している人物の一人であることを否定する人はいないでしょう。その実像を明らかにするためには、いま述べたような基礎作業を積み上げてゆくしかありません。こういう方法は、何も信長の研究、日本史の研究に限らないはずです。いかなる学問も基礎研究なしに成り立ちません。日本史における信長像追究のための研究は、まさにそんな基礎作業の重要性を象徴的にあらわすものだと思っております。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 金子 拓 / 2017)

本の目次

はじめに ―織田信長権力論に向けて―
第一部 信長と同時代の人びと
    第一章 室町幕府最末期の奉公衆三淵藤英
    第二章 久我晴通の生涯と室町幕府
    第三章 織田信直と「伝織田又六画像」
第二部 信長と寺社
    第一章 賀茂別雷神社職中算用状の基礎的考察
    第二章 春日社家日記のなかの織田信長文書 ―大和国宇陀郡の春日社領荘園と北畠氏に関する史料―
    第三章 法隆寺東寺・西寺相論と織田信長
    第四章 織田信長の東大寺正倉院開封と朝廷
    第四章附録 三蔵開封日記
第三部 信長と朝廷
    第一章 天正二年~五年の絹衣相論の再検討
    第二章 天正四年興福寺別当職相論と織田信長
    第三章 天正四年興福寺別当職相論をめぐる史料
    第四章 天正九年正親町天皇譲位問題小考
    第五章 誠仁親王の立場
 

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