東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白と深緑の表紙

書籍名

中公新書 2785 長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像

著者名

金子 拓

判型など

264ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2023年12月23日

ISBN コード

978-4-12-102785-6

出版社

中央公論社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

長篠合戦

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、天正3年 (1575) 5月21日に起きた「長篠合戦」(長篠の戦い) について、一般的に知られており、ある種強烈な印象を与えているような「織田・徳川軍の鉄砲」対「武田騎馬隊」の戦いという歴史像や、信長による鉄砲隊の交替射撃という革新的戦術の勝利というような歴史像に対し、近年批判がなされていることを受け、なぜその日に、あのような戦いになったのかを考えた本です。新書ですので、一般読者にも読みやすくなるように心がけて書きました。
 
わたしは史料編纂所において、編年史料集 (時間を追って歴史的できごとを並べ、その典拠となる史料を収めた史料集) である『大日本史料』、とりわけ織田信長が覇権を握っていた時期 (第十編) の編纂を担当しています。このことは、過去にこのサイトで紹介した書籍 (『大日本史料 第十編之二十九』、『長篠合戦の史料学』、『鳥居強右衛門』) のときにも説明しました。先年 (2021年)、長篠合戦当日の史料を収めた冊 (『大日本史料 第十編之三十』) の刊行に漕ぎつけました。この冊の刊行のため共同研究のプロジェクトを立ち上げ、職場の同僚や多くの研究者と一緒に史料収集やその検討を進めた結果の一端が、前述の書籍につながり、また最終的に『第十編之三十』に結実しております。
 
これらの研究を進めるなかでわたし自身は、長篠合戦について、そのいくさが起きた当日の推移を見るだけではなく、時間的にも空間的にもより広い視野から、このできごとの歴史的位置づけを考える必要があることを感じました。本書はその考えを踏まえ、長篠合戦とはどのようないくさだったのかという問題を考えたものです。自分にとっては、それまで10年以上にわたり取り組んできたこのテーマに関する編纂と研究の総決算を意図しました。
 
本書では、たんにいくさの推移を叙述するのではなく、このいくさに参加した大将である武田勝頼・織田信長・徳川家康それぞれの思惑と行動を検討し、なぜあの日にあの場所で戦うことになったのかを考えました。次に、このいくさが後世どのような史料に記され、それらが江戸時代から現代に至るまでどのように解釈されて、現在わたしたちが抱く「一般的」な長篠合戦像を結ぶに至ったのかを考えました。『第十編之三十』では、いくさに参加した武士の末裔が江戸時代に記した系図、さらに江戸時代に成立した記録や物語なども多く収めています。この編纂の仕事を通じて、ある時点のできごとが、言葉によってどのように記録され、それがどのように伝わってゆくのかという問題を強く意識しながら、長篠合戦のことを考えられるようになったと思っています。いわば長篠合戦をめぐる歴史認識の変遷ということになるでしょうか。
 
いまから450年前に起きたいくさのことを正確に知ることは、正直に言って不可能です。そのなかで、できるかぎり実像に近づくためには、多くの史料を読む必要があります。ただし、その史料は誰がいつ頃、どんな立場で書いたのかを知らなければ、過去のできごとに関する知識は歪んだものになってしまいます。この営みは歴史学の研究の重要な軸となります。
 
その作業を進めた結果、「一般的」な長篠合戦像が、起きたできごとがどんな史料によってどのように叙述され、変容していったのかが明らかになりました。「一般的」な歴史像がまとった皮膜を一枚一枚剥がした先に見えてきた長篠合戦の実像とは何か。知りたいと思った方は、ぜひ本書をお読みください。
 
実は今年 (2025年) は、長篠合戦が起きて450年という節目の年にあたります。ゆかりの地では、このできごとをふりかえるイベントが企画されていると聞いています。興味を持たれた方は、ぜひそうしたイベントにも足を運んでみてください。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 教授 金子 拓 / 2025)

本の目次

はじめに
 
第一章 織田信長の革新的戦術―これまでの長篠合戦
1 長篠合戦とはどういういくさとされているのか
2 長篠合戦像はどうつくられてきたのか
 
第二章 両軍激突―大将たちの長篠合戦
1 なぜ長篠城を攻撃したのか―武田勝頼の場合
2 なぜ馬防柵と鉄砲なのか―織田信長の場合
3 武田氏から三河を守る―徳川家康の場合
 
第三章 鉄砲戦の幻影―つくられる長篠合戦
1 天正三年五月二十一日の経過
2 当事者・同時代人の証言
3 江戸時代における長篠合戦の物語化
 
第四章 彩られるいくさの記憶―ひろまる長篠合戦
1 酒井忠次と鳶巣山砦攻撃
2 奥平信昌と長篠城籠城戦
3 子孫たちによる顕彰
4 合戦図屛風による図像化
終章 刷新された長篠合戦像
あとがき

関連情報

著者インタビュー:
著者に聞く 『長篠合戦』/金子拓インタビュー (web中公新書 2024年4月26日)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/125000.html
 
本よみうり堂:「長篠合戦」金子拓さん 道開いた信長研究の総決算 (読売新聞 2024年3月22日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/interviews/20240318-OYT1T50050/
 
書評:
書評 (『産経新聞』 2024年3月17日)
https://www.sankei.com/article/20240317-3V445NWH2FK3NKNYQQ2P5YU5VA/
 
書評 (『歴史街道』 2024年3月号))
https://www.php.co.jp/magazine/rekishikaido/?unique_issue_id=84431
 
今週の本棚 (『毎日新聞』 2024年1月27日)
https://mainichi.jp/articles/20240127/ddm/015/070/005000c
 
田中大喜 (国立歴史民俗博物館准教授) 評 (『朝日新聞』 2024年1月13日)
https://book.asahi.com/article/15112237

シンポジウム・講演会:
記念シンポジウム「東三河の人々にとっての長篠合戦」 (豊橋市中央図書館 2025年5月11日)
https://www.library.toyohashi.aichi.jp/facility/chuou/information/2025/03/post-466.html
 
記念講演会「織田信長と酒井忠次」 (致道博物館 2024年6月1日)
https://www.chido.jp/wp-content/uploads/2024/05/cd45d29f9969555406d78d02318a0332.pdf
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています