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戦国合戦を描いた絵

書籍名

戦国合戦〈大敗〉の歴史学

判型など

296ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年5月

ISBN コード

978-4-634-59115-8

出版社

山川出版社

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戦国合戦〈大敗〉の歴史学

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日本史のなかで戦国時代といえば、各地で戦乱が打ち続いていた時代である。大小さまざまな戦乱のなかで、規模の大きいものは大名らが軍勢を率いて対陣する合戦になるが、では、その合戦で敗北すると大名やその領国はどうなるのだろうか。
 
たしかに、私たちの周りにある戦国時代の書籍では「○○の戦いで大敗を喫した△△氏は、以後、家臣たちの離反を招くなど衰退の一途をたどり…」と説明するものが多い。〈大敗〉すれば大将は哀れな末路をたどり、領国は滅亡してしまうのは避けがたいように思えてくる。だが実際には、当時の合戦で大きな勝差がつくことは珍しく、しかも合戦で〈大敗〉を喫しても、大名家の滅亡にまでは直結しないケースのほうが多い。ならば「○○の戦いで大敗を喫した△△氏」が「衰退の一途」をたどるとする一般的なイメージを見直し、〈大敗〉が与えた影響を歴史学の実証的な手法によって再検証する必要があるだろう。
 
確実な史料に基づき、その歴史情報を十分に引き出したうえで、論理的かつ冷静に〈大敗〉が与えた影響を検証すると、どうなるだろうか。そうした問題関心のもと、〈大敗〉後も大名領国が数年に渡って存続したケース9件を選び、それぞれに適任の研究者が執筆した論文9本を集めたものが、本書である。
 
桶狭間や長篠、川中島や三方ヶ原など、日本史のなかでも著名な合戦ではあるが、その敗者の側に生じた影響は多様である。当主や家臣など大名権力の構成員が戦死したことで物理的に大きな変革を迎えたケースもあれば、さらなる戦争を継続して〈大敗〉の衝撃を乗り越えようとしたケースもあった。変革にしろ継続にしろ、大名側が主体的に行動している場合は、〈大敗〉と連動した衰退局面は顕著には観察されないといえるだろう。
 
むしろ私たちから見て注意しなければならないのは、〈大敗〉には、後世にさまざまな歴史認識が積み重ねられ続けてきたという点である。勝者となって次の江戸時代に存続できた家、逆に滅びてしまった家、それぞれの立場から文脈を与えて〈大敗〉を語り続けてきた。また、戦死者への慰霊・鎮魂という課題を担うことになる古戦場の住民は、さらに異なる視点から〈大敗〉の歴史を語り続けている。歴史学の方法で残された史料に正面から向き合い、実証的な考察をしていく過程では、それら後世の歴史認識のベールを一枚ずつ剥がしていく作業が不可欠になる。
 
やはり〈大敗〉はインパクトのある言葉である。だがそのインパクトの陰に隠れて、これまで実証的な検討から置き去りにされてきた考えるべき論点が数多く存在しているのだった。私たちが〈大敗〉と表現することで理解した気分になってきたイメージの奥には、戦国時代を考える手がかりが埋もれているのである。

 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 黒嶋 敏 / 2021)

本の目次

序 〈大敗〉への招待 黒嶋敏
 
第1部 〈大敗〉と大名領国
長篠の戦いにおける武田氏の「大敗」と「長篠おくれ」の精神史 金子 拓
木崎原の戦いに関する基礎的研究――日向伊東氏の〈大敗〉を考えていくために 畑山周平
耳川大敗と大友領国 八木直樹
 
第2部 〈大敗〉と「旧勢力」
大内義隆の「雲州敗軍」とその影響 山田貴司
江口合戦――細川氏・室町幕府将軍の「大敗」とは 田中信司
今川義元の西上と〈大敗〉――桶狭間の戦い 播磨良紀
 
第3部 〈大敗〉から勝者へ
〈大敗〉からみる川中島の戦い 福原圭一
三方ヶ原での〈大敗〉と徳川家臣団 谷口 央
伊達家の不祥事と〈大敗〉――人取橋の戦い 黒嶋 敏
 

関連情報

書評:
呉座勇一 評「戦国合戦〈大敗〉の歴史学」書評 敗者復活もあった”その後“分析 (朝日新聞 2019年8月17日)
https://book.asahi.com/article/12633347
 
書籍紹介:
特集「大敗から学ぶ Vol.04」敗者の"その後"を解き明かす歴史家のアプローチ (山川出版社HISTORIST 2019年9月27日)
http://www.historist.jp/articles/entry/feeling/prospective/048977/

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