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馬に乗った武士の日本画

書籍名

戦国の〈大敗〉古戦場を歩く なぜ、そこは戦場になったのか

著者名

黒嶋 敏

判型など

192ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2022年10月

ISBN コード

978-4-634-59129-5

出版社

山川出版社

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戦国の〈大敗〉古戦場を歩く

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最近、「聖地」という言葉を目にすることが多い。それは宗教的な信仰や伝承によるものだけでなく、アニメや漫画、映画などの舞台になる場所が熱心なファンによって特別な意味を与えられていく、そうした現代的な「聖地」が各地に誕生しているのだ。ある空間がストーリーを伴うことで、訪れる人の心を揺さぶる「聖地」に成長していく、そうした現象は歴史のなかでもしばしば発生している。
 
本書で取り上げている古戦場は、歴史的な「聖地」の代表例であろう。日本の戦国時代とは、各地で大小様々な合戦が繰り広げられた時代だった。なかには大きな勝敗の差が付いたものもあり、劇的な勝敗の差はストーリーを盛り上げるだけでなく、合戦で命を落とした人々に対する哀悼と重なって、多くの伝承を派生させることになる。いま、合戦が起きた現場を歩いてみると、軍勢の配置や戦闘経過を説明してくれる案内板だけでなく、戦死者を慰霊する石碑や塚、さらには合戦に由来する数々の地名など、合戦に関する伝承が満ち溢れていることを実感できるだろう。それらのなかには、後世に作られた伝承も少なくない。多すぎる分量に比して、同時代にまで遡りうる正確性の高い情報は乏しく、逆に当時の合戦の実態が見えにくいために、古戦場を訪れても漠然とした印象に留まることが多いだろう。
 
けれども、伝承という土地の記憶に対して、少し別の角度から耳を傾けながら現場を歩いてみると、また別の光景が見えてくるようだ。同じ場所を歩くとは言っても、当然ながら現在の地形は戦国時代とは異なっているため、現在の地形を観察しながら古い地図などと対比させ、昔の地形を推測しながら歩く必要があるだろう。地形からは、そこに住む人々がどのように土地を利用していたのかが見えてくるだけでなく、地形が人間の動きを制約する条件にもなるため、軍勢の動き方にも迫ることが可能になってくる。現地を歩くことで得られた手がかりと、同時代の様子を伝える史料を読み解いて得られた手がかりとを組み合わせていくと、合戦の様子もより詳しく見えてくるはずだ。
 
そこで本書では、(おけ)狭間(はざま)の戦い (1560年)、(ひと)(とり)(ばし)の戦い (1585年)、(みみ)(がわ)高城(たかじょう)の戦い (1578年)、三方ヶ原(みかたがはら)の戦い (1572年)、長篠(ながしの)の戦い (1575年) という五つの古戦場を訪れ、それぞれの場所が、なぜ戦場になったのかを考えている。後世に作られた伝承が多く漠然とした印象に終わる古戦場ではあるが、一方では、豊富な歴史情報を現在に伝えている貴重な「聖地」でもある。多すぎる情報から正確性の高いものを選び取りながら、歴史的な空間を実際に歩いて考えるという、楽しい作業に興味を持っていただけたら幸いである。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 黒嶋 敏 / 2023)

本の目次

はじめに ――〈大敗〉というストーリー――
聖地巡礼 / 戦国の現場を歩く / 古戦場という特殊空間 / 記憶の宝庫 / 地図を片手に
 
第1章 いざ、桶狭間
桶狭間への旅 / 戦いへの経緯 / 限られた史料と「おけはさま山」の謎 / 「おけはさま山」のロケーション / 鳴海のロケーション / 干潟に面した軍事都市鳴海 / 大高城の特性 / 潮の干満という制約 / もう一つの理由 / 今川義元と海の道 / 海から見た桶狭間の戦い / 「おけはさま山」の読み方 / 里山の景観 / 義元の弔い / 今に至る大敗の記憶
 
第2章 いざ、人取橋
人取橋への旅 / 戦いへの経緯 / 小浜城からの視線 / 戦国奥羽のセーフティーネット / 父の事情・母の事情 / 主戦場と合戦の本質 / 人取橋の向こうがわ / 在家と集落 / 連合軍の目的 / 輝宗の葬儀 / 人取橋の功士壇 / 粟ノ巣での慰霊
 
第3章 いざ、耳川・高城
耳川・高城への旅 / 高城周辺のロケーション / 川を望む台地の争奪戦 / 台地上のゲリラ戦 / 川原での決戦 / 乱流地帯での溺死 / 増水への疑問 / 耳川での戦闘はあったか / 港町美々津 / 耳川大敗説の肥大化 / 大敗の慰霊
 
第4章 いざ、三方ヶ原
三方ヶ原への旅 / 戦いへの経緯 / わざわざ三方ヶ原へ / 犀ヶ崖と浜松城 / 郷人と石礫 / 入会地としての三方ヶ原 / 三方ヶ原の中世 / 浜松城主の資格 / 南北二つの追分 / 南の追分 / 犀ヶ崖という境界 / 布橋は「野の端」 / 家康による供養 / 「三方ヶ原」という言説 / 三方ヶ原のユニークさ
 
第5章 いざ、長篠
長篠への旅 / 境界の地・長篠 / 戦いの前史 / 長篠城の長所と短所 / 有海原での決戦へ / 有海原のロケーションと柵の意味 / 謎のホボジイ / 進撃した勝頼の本陣 / 境界地帯となる原野 / 境迎 / 信玄塚 / 死してなお / 火おんどり
 
おわりに
 
古戦場の歩き方 / 同時代の弔い、後世の弔い / 古戦場の情報量

関連情報

執筆背景:
「大敗」の現場で探る、戦国時代の記憶とは。『戦国の〈大敗〉古戦場を歩く』執筆の経緯 (PRTIMES STORY 2023年2月27日)
https://prtimes.jp/story/detail/AxMgvXhqG6b
 
書評:
室井康成 評「敗者に寄り添う矜持 : 黒嶋敏編『戦国合戦〈大敗〉の歴史学』、同著『戦国の〈大敗〉古戦場を歩く : なぜ、そこは戦場になったのか』への備忘録」 (『立教大学日本学研究所年報』22 pp. 74-85 2023年9月)
https://cir.nii.ac.jp/crid/1530297814389721344
 
Bookレビュー (『サライ』 2023年3月)

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