本書は、放送大学 (ラジオ・学部向け) の「行政学概説’20」のための放送用教材 (教科書) である。これまで、放送大学の教材は、改訂されて教科書として刊行されるものも多かった。例えば、西尾勝『行政学』(有斐閣、初版は1993年、改訂版は2001年) は、放送用教材としての『行政学』(放送大学教育振興会、1988年)、『行政の活動』(放送大学教育振興会、1992年) を下敷きにしている。その意味で、それ自体として完成した作品というよりは、放送大学の講義と学生からのフィードバックを踏まえて、今後の改定が見込まれる中間的な試作品とみることもできよう。
本書は、あまたの行政学関係の教科書や体系書とは、かなり異質の構成をなしている。具体的には、相対性、空間性、時間性、権威性、区別性、専門性、秘密性、合法性、自律性、妥当性、公平性、民主性、代表性、中立性、責任性という、15の特性を取り上げて、それぞれの観点から行政を論じるというスタイルをとる。その意味では、西尾勝が、教科書ではなく論文集で取り上げた『行政学の基礎概念』(東京大学出版会、1990年)の様々な概念を、行政の特性として再編して、教科書の形態に仕上げたものと位置づけることができる。
その反面、西尾勝が提示した行政学の三つの観点、すなわち、制度論、管理論、政策論については、明示的に示されることはない。内閣や省庁組織などの行政の組織・制度についての解説も、予算・人事などの行政管理の仕組や運用に関する分析も、意思決定や政策過程に関する検討も、まとまった形では示されない。それゆえ、行政の基本的な制度や管理の仕組を知りたい人にとっては、やや分かりにくい記述になっている。しかし、多くの人々は、マニアとして行政の制度や仕組みの知識を得たいわけではない。また、こうした知識は、役人として働いている人にとっては当たり前であるし、行政と相互交渉をする民間企業や研究者やNPO・市民活動団体も、自然と身につくものである。それよりも、表面的な行政の背後にある、構造的な特性を示すことで、見えない行政の本質に迫ろうというのが、本書の狙いである。
もっとも、これらの要因は、上記の15の特性をそれぞれ持っているため、実際には解説される行政現象には大した違いはない。例えば、制度・管理の中核の一つである公務員制度・人事管理は、権威性、専門性、合法性、自律性、代表性、中立性など、様々な箇所で言及されているのである。したがって、教科書として、特に言及すべき項目が大きく欠落しているわけではない。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 金井 利之 / 2021)
本の目次
第2章 行政の空間性
第3章 行政の時間性
第4章 行政の権威性
第5章 行政の区別性
第6章 行政の専門性
第7章 行政の秘密性
第8章 行政の合法性
第9章 行政の自律性
第10章 行政の妥当性
第11章 行政の公平性
第12章 行政の民主性
第13章 行政の代表性
第14章 行政の中立性
第15章 行政の責任性