本書は、放送大学における行政学に関する2024年度からのラジオ講義 (行政学講説‘24) のための、教科用図書 (テキスト) である。しかし、行政学の標準的な教科書とは構成が相当に異なっており、独自の体系となっている。教科書は、通常は学界におけるさまざまな標準的な知見を網羅する。そのため、特定の観点から貫通して全体像を示すことは少ない。特定の観点に立った論述を進めると、どうしても、教科書で触れるべき標準的なテーマが、広く書き切れなくなるからである。本書もそのような限界を持つため、できれば、他の行政学の教科書と対比して読むことが望ましい。
本書は、各章のタイトルからもわかるように、行政に係わる人間を、代表的な類型に沿って論述をしている。行政は、漫然と人間と相互作用をするのではなく、行政が人間を特定の類型に区分して、相互作用を行う。行政は、政策分野・プログラムごとに、それに適したさまざまな人間類型を作り出してくる。例えば、労働政策においては、労働者や使用者・事業主などの人間類型を作り出す。行政学は、特定の政策分野ごとに特有の現象を縦割り的に分析するよりは、幅広く行政に関する事業を横断的に取り扱う。そのため、人間類型としても、比較的に多くの政策分野に共通して登場する人間類型を取り上げている。代表的な人間類型として、本書では、市民、国民、住民、人口、家族、世帯、事業者、行政と職業人、職員、受給者、公衆、地権者、素人、行政と個人を取り上げた。なお、この人間類型は、実際の行政でも実用されていることもあれば、学問的に設定したものもある。例えば、本書での市民は学問的に設定した概念であり、実務では、住民または公民として扱われている。実務での「市民」とは、市という自治体の住民のことである。
人間類型が本書の視点の横糸であるならば、縦糸となるのはサービスである。行政は、人間に対して、サービスを確保することを公式目標とする、という枠組を設定する。もちろん、現実の行政が、現実のある人間に対して、サービス確保に失敗することはある。しかし、行政によるサービス確保という理念型を設定することによって、現実の行政と人間の関係を分析する。サービスという観点からは、サービス提供者、サービス享受者、サービス確保者、という3つの立場がある。人間は、サービス享受者になることもあれば、サービス提供者になることもあるし、サービス確保者である行政の一員になることもある。行政は、サービス確保者の立場に加えて、行政サービス提供者、公共サービス提供者、サービス規制・誘導者、環境提供者になることもある。サービス享受者は、サービス提供者からだけではなく、環境からサービスを享受することもある。それゆえ、サービス確保者としては、環境を整備することも、重要になる。
人間類型とサービスを横糸・縦糸として、行政学の体系を再構築したのが本書である。行政学の標準テキストでは、例えば、公務員制度や予算制度は中心的なテーマであるが、本書では直接に扱うことはない。公務員は、サービス確保者である行政の仕事を担うとともに、それ自体が給与を受けることで、サービス享受者にもなり、あるいは、家族などに対してはサービス提供者となる形で、細分化して論じられることになる。初学者にはいささか分かりにくい面もあるが、逆に言えば、生活者として人間からすれば、かえって学問と生活を結びつけやすいだろう。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 金井 利之 / 2024)
本の目次
第2章 行政と市民
第3章 行政と国民
第4章 行政と住民
第5章 行政と人口
第6章 行政と家族
第7章 行政と世帯
第8章 行政と事業者
第9章 行政と職業人
第10章 行政と職員
第11章 行政と受給者
第12章 行政と公衆
第13章 行政と地権者
第14章 行政と素人
第15章 行政と個人
関連情報
放送大学「行政学講説('24)」 (放送大学 | YouTube 2024年2月19日)
https://www.youtube.com/watch?v=zU4-IS6xpc0