国際法・外交ブックレット (1) 為替操作、政府系ファンド、途上国債務と国際法
国際金融は、その重要性にもかかわらず、国際法学においては不人気な分野である。私自身は、ここ10年余の間に、東京大学の先輩教授に献呈した3つの記念・追悼論文集において、為替操作、政府系ファンド、途上国債務について国際法の観点から検討した。本書はこれらの3論文を再録するとともに、短い補足を付したものである。
為替操作は米中経済摩擦の1つの主要な争点にもなっており、米国は、中国等を為替操作国に認定したり、TPPに為替条項の挿入を要求したり、NAFTA (北米自由貿易協定) にかわるUSMCA (米国・メキシコ・カナダ協定) に為替条項を創設したりした。国家は通貨主権を有し、一般国際法上、国家は自国通貨の価値を決定・変更する権利が通貨主権の一部として認められるが、IMF協定やWTO諸協定といった特別のルールによって為替操作が規制されるか否か。本書ではこの国際法上の問題の検討を行っている。
政府系ファンドは、産油国や新興国の一部が保有しており、積極的に対外投資を行い、国際金融の主要なアクターとなっている。民間のファンドと異なり、政治的動機に基づく投資行動の懸念があり、また一部の政府系ファンドを除いては透明性を欠いている。本書では、政府系ファンドをめぐる国際法上の諸課題について検討を行っている。ノルウェーのGlobalという政府系ファンドは、国際法違反の外国政府に加担した企業に対する投資排除を行っており、ノルウェーの積極的な外交政策の1つの反映でもある。我が国の年金積立金管理運用独立行政法人 (GPIF、年金ファンドであって政府系ファンドではない) は、ESG投資の導入に至っているが、将来、Globalのような非常に積極的な行動までとるべきかどうかは興味深い課題である。
途上国債務については、債務の元利を完全に返済することが国際法上必ずしも要求されない場合があることに留意する必要がある。緊急状態として債務不履行による違法性が阻却される場合もあるし、また、1998年のイタリア・コスタリカ借款事件 (ODA借款の不返済をめぐる紛争) 仲裁判断では、「衡平という性格ゆえ、支払期日、償還、遅延利息に関する融資協定の『技術的』条項を勘案するのみならず、支払遅延の原因、コスタリカ側に生じた誤解や疑念、イタリア側と締結した複数の合意の効果及び範囲、一般的な両国の具体的状況及び行動、そして両国の友好・協力関係全般といった当該事案の状況全般を勘案することが求められる」とする。本書ではさらに途上国債務を実際の処理してきたパリ・クラブの合意議事録の法的性格や、独裁者が私腹を肥やしたり反体制派弾圧のために外国から負った債務 (憎忌債務という) を独裁者を倒した新しい民主的な政府は承継しなければならないかという問題についても検討を行っている。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 中谷 和弘 / 2020)
本の目次
1. 為替操作と国際法
2. 政府系ファンドと国際法
3. 途上国債務と国際法