サイバー攻撃の国際法 タリン・マニュアル2.0の解説
タリン・マニュアルとは、エストニアの首都のタリンにある北大西洋条約機構 (NATO) のサイバー防衛センター (Cooperative Cyber Defence Centre of Excellence, CCD COE) に法律専門家が個人的資格で集まって、サイバー攻撃に関する国際法のルールをコメンタリーとともに記述したものである。この作業は、米国海軍大学校のMichael Schmitt教授を中心にすすめられ、まず95の規則とコメンタリーからなる「サイバー戦に適用される国際法に関するタリン・マニュアル」(Tallinn Manual on the International law Applicable to Cyber Warfare) がまとめられ、2013年にCambridge University Press から刊行された。これは後にタリン・マニュアル1.0 と呼ばれるようになったが、「有事・戦時」を対象にしたものである。その後、さらに「平時」におけるルールにつき検討がなされ、 「サイバー行動に適用される国際法に関するタリン・マニュアル2.0」(Tallinn Manual 2.0 on the International Law Applicable to Cyber Operations) がまとめられ、2017年に同じくCambridge University Press から刊行された。中谷は、legal experts の1人としてタリン・マニュアル2.0の作成に関与し、2015年から2016年にかけて3回にわたり開催されたタリンでの会議に参加した。英語の原著は598頁からなる大部のものであり、複雑な議論も展開されているため、各規則の訳とコメンタリーの要旨を日本の読者にわかりやすく示す必要があると感じ、河野桂子氏及び黒﨑将広氏とともに本書を刊行した。
タリン・マニュアル2.0は154の規則とコメンタリーからなり、第1部「一般国際法とサイバー空間」、第2部「国際法の特別の体制とサイバー空間」、第3部「国際の平和及び安全とサイバー活動」、第4部「サイバー武力紛争法」から構成されている。第3部の一部と第4部はタリン・マニュアル1.0をほぼそのまま取り入れている。
タリン・マニュアルは、サイバー攻撃に関する国際法ルールを「作成」したり「提案」したりするものではない。既存の慣習国際法がサイバー空間にも適用されるという前提(これは西側先進諸国を中心とする少なからぬ諸国家の基本的立場でもある)の下に、サイバー攻撃に適用される慣習国際法を明文化し、コメンタリーとともに記述するという作業である。
サイバー攻撃が頻発する現状において、サイバー空間における法の支配を確立することは極めて重要である。タリン・マニュアルは既に国際社会において高い権威を有しており、国際社会における法の支配に関して大きな貢献をしているといえよう。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 中谷 和弘 / 2020)
本の目次
第1部 一般国際法とサイバー空間 [河野桂子]
第2部 国際法の特別の体制とサイバー空間 [中谷和弘]
第3部 国際の平和及び安全とサイバー活動 [黒﨑将広]
第4部 サイバー武力紛争法 [黒﨑将広 (規則80-98) / 河野桂子 (規則99-154)]