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黒い表紙に英国紳士のイラスト

書籍名

講談社学術文庫 <英国紳士> の生態学 ことばから暮らしまで

著者名

新井 潤美

判型など

232ページ、A6判

言語

日本語

発行年月日

2020年1月14日

ISBN コード

978-4-06-518359-5

出版社

講談社

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<英国紳士> の生態学

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本書は2001年に中央公論新社から新書として出版された『階級にとりつかれた人びと――英国ミドル・クラスの生活と意見』に加筆、修正して新たに刊行したものである。英国の文化、文学において「階級」という要素がどのように表象されているかを、19世紀以降の小説、演劇、音楽劇、映画やテレビドラマを例に挙げて考察している。この本の特徴は、「階級」の中でも、19世紀後半にその数と存在が急激に大きくなった「ロウアー・ミドル・クラス」に焦点を当てていることである。19世紀の終わり頃には特に都市部のホワイト・カラーの俸給生活者が急増した。ワーキング・クラス出身だが、両親よりも高度な教育を受け、肉体労働ではなく、事務員などのデスクワークについた人びとである。当時の小説や演劇ではそのように新たに「ミドル・クラス」の仲間入りをしたロウアー・ミドル・クラスが滑稽に、時には親愛をこめて、そして時には悪意を持って描かれている。彼らはその上の階級に属する人びとにとって、哀れんだりみくだしたりする相手というだけでなく、その存在がどんどん大きくなるという意味で脅威でもあったのだ。
 
それまで周縁の存在だったロウアー・ミドル・クラスが新たな消費者として意識され、この階級を読者として想定した新聞『デイリー・メイル』が1896年に創刊された。この新聞は今では最も発行部数が多い新聞である。また、彼らを想定した雑誌も次々と創刊された。そのうちの一つはコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」を掲載したことで有名な『ストランド・マガジン』である。また、鉄道が発達するにつれて、空気の良いところに住んで都市に通勤したいという事務員のために、郊外住宅地が次々と開発され、「郊外住宅地」=「ロウアー・ミドル・クラス」という図式ができあがる。急速に広がっていく郊外住宅地は小説、演劇、詩の題材にもなり、郊外出身のロウアー・ミドル・クラスの小説家H. G. ウェルズのSF小説『宇宙戦争』(1898年) で火星人に襲撃されて破壊されるのはロンドンの郊外住宅地なのである。
 
このように、英国の文学や文化において、「階級」の要素は重要なものなのだが、「ロウアー・ミドル・クラス」の独特なイメージやステレオタイプは他の文化に属する人間からはかなりわかりにくいといえるだろう。その理由の一つは、英国の文学や文化における「ロウアー・ミドル・クラス」の表象についての研究があまりなされていないということだ。「階級」や「ミドル・クラス」を扱った研究書やエッセーは英国では後をたたないが、「ロウアー・ミドル・クラス」に焦点を当てたものはほとんどない。「ミドル・クラス」の中でも「アッパー・ミドル・クラス」と「ロウアー・ミドル・クラス」はまったく違うものでありながら、「ミドル・クラス」として一緒くたにされている。なんらかのはっきりしたイメージ (ほとんどの場合はネガティヴな) を伴う言葉でありながら、その実態やイメージの研究がなされていない「ロウアー・ミドル・クラス」が、英国を理解する上での重要な存在であることを提示するのが本書の目的である。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 新井 潤美 / 2020)

本の目次

第一章 二つのミドル・クラス
第二章 ヴィクトリア朝——せせこましい道徳の時代
第三章 「リスペクタビリティ」という烙印 (スティグマ)
第四章 「校外」のマイホーム
第五章 ロウアー・ミドル・クラス内の近親憎悪
第六章 貴族の憧れ、労働者への共感
第七章 階級を超えるメアリー・ポピンズ
第八章 「クール・ブリタニア――「階級のない社会」?

 

関連情報

書評:
村松友視 (評) SUNDAY LIBRARY (毎日新聞 2020年3月3日)
https://mainichi.jp/articles/20200303/org/00m/040/001000d

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