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書籍名

論理パラドクス・勝ち残り編 議論力を鍛える88問

著者名

三浦 俊彦

判型など

文庫判

言語

日本語

発行年月日

2017年11月1日

ISBN コード

9784576171654

出版社

二見書房

出版社URL

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論理パラドクス・勝ち残り編

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「パラドクス」とは、きわどい心的刺激をもたらすパズルのことです。パラドクスには二種類あると言えるでしょう。一つは、人間の直観の仕組みに原因がある知的錯覚。もう一つは、数学、経験科学、哲学などで、正しいはずの複数の命題が両立しないことが判明したような深刻なトラブル。第一の種類のパラドクスを扱って「人間の心とは何か」を探ったのが、ここUTokyo BiblioPlazaで以前紹介した『論理パラドクス 心のワナ偏』です。その姉妹編である本書では、第二の種類を論じました。すなわち、個々人の心のあり方ではなく、言語や論理、学問の体系に問題がある事例に焦点を合わせました。
 
「アキレスと亀」「ラッセルのパラドクス」のような有名なものから、「対偶」「ランダム」「真理」のような、論証で使う基本概念にかかわる混乱まで、簡潔に紹介し、互いに関係づけ、そしてできる限り私自身の解決法を述べておきました。本書におさめた問題は、解法について学界の意見が一致しないものが多いからです。
 
パラドクスの多くは、「論証」つまり「前提から結論を導く操作」の形で表わされます。「前提が真で結論が偽」となりえないことがその形式からわかる論証は「妥当な」論証です。前提が本当に真であるかどうかは別として、前提が真であるなら結論も必ず真、ということですね。たとえば次の論証は妥当です。
 
    前提1: 人間はみな不死である
    前提2: ソクラテスは人間である
    結論: ソクラテスは不死である
 
前提1・前提2がともに真であるならば、結論は必ず真であることが保証されることを確かめてください。
 
さて、この「妥当な論証」という概念そのものを主題にしたパラドクスを紹介しましょう。本書の問39です。次の論証Rを考えてください。
 
    前提: この論証Rは妥当である
    結論: 神は存在する
 
この論証Rは妥当でしょうか。論証Rが妥当だと言っている前提が真なら、つまり前提が真で論証Rが妥当なら、「妥当」の意味からして、結論は真と保証されますね。つまり、前提が真なら、結論は必ず真。ということは、この論証Rは実際に妥当だということです。
 
さて、ここで面白いことに気づきませんか。論証Rは本当に妥当だとわかりましたが、それは、まさに前提が述べていることです。前提の内容は本当に真なのです。そう、論証Rは本当に妥当で、かつ前提が本当に真。ということは、結論も本当に真でなければなりません。
 
なんと、神の存在が証明できてしまいました!
 
もちろんあなたは、この論証Rを「詭弁だ」と感じたでしょう。では、どこが詭弁だったのでしょうか? 論証Rはいかにも人為的な屁理屈ですが、世にあふれるもっと自然なトリックに引っかからないためには、論証Rのような「不自然な」詐術をきちんと論破できなければなりません。
 
論証Rが「よくない論証」である理由を理路整然と述べるのは案外難しいはずです。「理路整然」こそ、学問の基本。本書の解答編を読む前に、その基本をやってみてください。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 三浦 俊彦 / 2020)

本の目次

序章 ウォーミングアップ編  基礎の基本で準備体操
001 1+1=2
002 循環小数
003 無理数+無理数
004 ド・モルガンのパラドクス
005 結合法則 ~狡猾な証明
006 二等辺と二等角
 
第1章 論理を自称する非論理  <啓蒙的情報環境> を検証する
007 最大の素数 ~怪しい証明
008 背理法に背を向ける
009 エレベーターの男女
010 対偶 カードの表と裏
011 肯定と否定 クレタ人のパラドクス
 
第2章 ゼノンから無限へ  詭弁から思弁へ、思弁からハイへ
012 アキレスと亀
013 分割のパラドクス
014 飛ぶ矢
015 動くブロックのパラドクス
016 トムソンのランプ
017 オースチンの犬
018 円周率は2である
019 デモクリトスのジレンマ
 
第3章 嘘つきと循環  トラブルメーカーとの賢い付き合いかた
020 クレタ人 / プライアーのパラドクス
021 エピメニデスのパラドクス
022 偶然的パラドクス
023 自己反例的パラドクス
024 この本の名は?
025 ザルクマンのパラドクス
026 語用論的パラドクス
027 相互言及のパラドクス
028 循環問答
029 やぎさんゆうびん
030 嘘つき連鎖のパラドクス
031 ヤーブローのパラドクス
032 ワニはジレンマに悩むべきか?
033 真実のジレンマ
 
第4章 論証のアポリア  獰猛なリクツの飼いならしかた
034 プロタゴラスの契約
035 真理の人間尺度説
036 例外のパラドクス
037 枠の中のパラドクス
038 確率的嘘つきのパラドクス
039 妥当な演繹のパラドクス
040 両義的な証拠のパラドクス
041 大統領は人間にあらず?
042 NOBODYのパラドクス
043 もうひとつの対偶
044 いくらでも対偶
 
第5章 無限からアンチノミーヘ  悪循環を泳ぎきるために
045 トリストラム・シャンディの自叙伝
046 ヒルベルトのホテル
047 ペンキ塗りのパラドクス
048 一般対角線論法
049 カントールのパラドクス
050 ラッセルのパラドクス:関係バージョン
051 ポアンカレ・ラッセルの悪循環原理
052 鏡像文
053 カリーのパラドクス
054 カリーのパラドクス / 応用編
055 定項のパラドクス
 
第6章 辻褄の合った判断とは?  見分ければ見分けるほどなめらかになってゆく
056 色のパラドクス
057 禿頭のパラドクス
058 ゼノンのタネのパラドクス
059 ビゼー・ヴェルディのジレンマ
060 ジレンマをパズルに変える方法
061 ラムジー・テスト
062 デュエム・クワインテーゼ
063 解釈学的循環のパラドクス
 
第7章 かくも繊細なる概念、命題、推論  辿れば辿るほどメリハリが仇をなす
064 空のパラドクス
065 ヘラクレイトスのパラドクス
066 合成の誤謬、分割の誤謬
067 ドミノ倒し論法
068 黄金の山
069 ラッセルの記述理論
070 ヒュームのパラドクス
071 数の原子
072 オッカムの剃刀
 
第8章 確率のミステリー  ランダムに始める超トリップ術
073 デルタt論法
074 ベルトランのパラドクス
075 ワインと水のパラドクス
076 無限列のパラドクス
077 射撃室のパラドクス
078 眠り姫問題
079 分離脳
080 多数派と少数派のパラドクス
081 森の射手
082 多世界説の経験的証拠
 
第9章 オメガ点の巻  無限に速く、無限に小さく、無限に確かに
083 宇宙船のパラドクス
084 アキレスと亀:変則バージョン
085 トロイの蝿
086 定常宇宙論の矛盾
087 胡蝶の夢
088 輪廻転生を証明する

 

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