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書籍名

論理パラドクス・心のワナ編 人はどう考えるかを考える77問

著者名

三浦 俊彦

判型など

217ページ、文庫判

言語

日本語

発行年月日

2019年3月1日

ISBN コード

9784576190341

出版社

二見書房

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論理パラドクス・心のワナ編

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答えるより問うことの方が大切だ、と言われることがあります。それなりの教訓ではあるものの、怠惰の奨めになりかねない気もします。たいていの場合、問いを思いつくより答えを見つける方がずっと難しいですし、正解しようと努力してこそ、有意義な問いが新たに生み出されてくるでしょう。
 
ただし、「正解を出す」といっても、ストレートな正解だけでなく「一般に正解と思われている答え」も推測せねばならないことがあります。多数派にとって何が正解なのか。忖度や順応のためばかりでなく、同調圧力にうまく抵抗するためにも、多数派の思考傾向を理解しておくことは大切です。
 
本書には、「大多数の人が特定の誤りに導かれる問題」を集めました。確率判断で起こりやすい錯覚(第7章)、従っているつもりで破られがちな規則 (問09)、道徳判断における男女の違い (問53) ……数学教育や心理学の実験によって確かめられてきた「大多数の人の思考傾向」を、読者に当ててもらおう、というわけです。読者自身が信じる正解とは別に。
 
思考傾向は時代や文化の影響を受けるだろうから、「多数者の考え」なるものは特定できないのでは。そんな気もしますね。本書に収めた問題の多くは、進化心理学の成果に基づいており、生存戦略によって選択された本能的直観(脳の仕組み)に根差しているため、生物としてのヒトの普遍的なクセを反映していると思います。
 
しかし中には、都市伝説の疑い濃厚な問題もありました。期待値に反した不合理な選択がなされやすいという「アレのパラドクス」(問45) は、私が幾度か教室で出題してみたところ、大多数の回答者が期待値どおりの選択をすることが確かめられました。「多くの人が間違いやすい」という指摘は印象が強いので、一度発表されてしまうと、誇張されて伝わる傾向があるのかもしれません。
 
<多数者にとっての正解を推測せよ方式> が表面化していない問題も混ぜてありますが、どれもが「認識の盲点」に関わる問いになっています。知られざる奇問もいくつか採用しました。きわめつけは、ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』の新解釈で知られる柳瀬尚紀が遺した「ゼロ手詰め将棋」(問76)。どう見ても王手がかかっていない局面図について、「このままで詰んでいる。なぜか」という手品まがいのパズルです。驚愕の正解を紹介した後で、「これを正解と認めるのに必要な、将棋のルールに含まれない暗黙の条件は何か?」というオリジナル問題を私なりに付け加えてみました。将棋ファンだった柳瀬の、棋士への道徳的敬意が隠されていることがわかるでしょう。
 
敬意のような高次の感情、盲点や直観のような低次の生理反応……ヒトの心のさまざまな力学が絡み合い、形式論理を外れたり超えたりするありさまを、一問一問味わっていただければと思います。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 三浦 俊彦 / 2019)

本の目次

第1章 <みんな> はどう感じるか?  忖度&誤信3部作
001 モラル・タイプキャスティング
002 トランスジェンダー・トラブル
003 涼宮ハルヒはジョン・ケージを奏でる
 
第2章 <みんな> はどう答えるか?  ヒューリスティクス3部作
004 代表性ヒューリスティクス
005 利用可能性ヒューリスティクス
006 係留ヒューリスティクス
 
第3章 <みんな> にどう問おうか?  フレーミング3部作
007 フレーミング効果
008 心の会計簿
009 同型問題
 
第4章 常識VS論理の巻  罪、星巡り、地軸。どこでどうズレたのだろう?
010 恐喝のパラドクス
011 殺人の条件
012 報復のパラドクス
013 日蝕のパラドクス
014 日蝕のパズル
015 日蝕のジレンマ
016 南向きの謎
 
第5章 知らぬが仏の巻  予期と投機とゲームの理論
017 墜落ネコの死亡率
018 プラシーボ効果
019 プラグマティズムのパラドクス
020 ナッシュ均衡
021 美人投票のパラドクス
022 アイスクリーム売りのパラドクス
023 囚人のジレンマ: N回バージョン
024 アクセルロッドの実験
025 知らぬは亭主ばかりなり
026 盗撮: ヤラセの見破りかた
027 ランダム・ウォーク
028 カサンドラのジレンマ
 
第6章 下手な鉄砲も数撃ちゃ進化論の巻  進化心理学6題
029 人はなぜ犬をかわいがるのか?
030 ミズスマシはなぜ群れるのか?
031 利他主義のパラドクス
032 窮鼠猫を咬む?
033 自然主義の誤謬
034 ガラスの天井
 
第7章 急がば確率の巻  偶然と必然と愕然と
035 ラプラスの悪魔
036 残りものには福がある?
037 クラスターの錯誤
038 エルスバーグの壼
039 コペルニクス原理
040 ビギナーズ・ラック?
041 ブラックのジョーク
042 ベル・カーブ
043 遊女の平均寿命
044 ベルトランの箱のパラドクス
045 アレのパラドクス
 
第8章 天然情緒と人工知能の巻  心への3つの関門: 脳 / 文化 / 対話
046 三つ子の魂百まで
047 三単語クイズ
048 後知恵バイアス
049 パーキー効果
050 カプグラ症候群
051 フレゴリの錯覚
052 コールバーグの6段階
053 ハインツのジレンマ
 
第9章 合理性という思い込みの巻  正しい感覚か、感じられる正しさか
054 驚くべき出来事
055 デイヴィドソンのパラドクス
056 ビュリダンのロバ
057 2つの封筒のパラドクス
058 「特別な数」のパラドクス
059 ムーアのパラドクス
060 ソクラテスの無知のパラドクス
 
第10章 情緒、芸術、宗教、倫理  真も善も美も聖も快も愛も使いよう
061 反芸術のパラドクス
062 無為自然 / ニルヴァーナのパラドクス
063 懐疑論 / 独我論のパラドクス
064 デリダのパラドクス
065 石のパラドクス
066 悪のパラドクス
067 慈悲深い殺人のパラドクス
068 クローン人間
 
第11章 戦いと競争の諸相  策しだい、だから力しだい?
069 予知能力バトル
070 韓非子の矛と盾
071 チェーン店のパラドクス
072 チキン!
073 マーフィーの法則
074 車線問題
075 ポーンの昇格
076 ゼロ手詰め将棋
077 グロ動画のパズル
 

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