心理学には多くの領域があります。例えば、認知心理学、感情心理学、社会心理学、発達心理学、パーソナリティ心理学、臨床心理学等々。心理学は、主に研究対象によってこれらの下位領域に分かれています。例えば、認知心理学とは注意、記憶、問題解決といった認知活動を研究対象とした分野です。発達心理学は私たちが生まれてから死ぬまでの心的な変化を研究対象としています。ところが、本書のタイトルにある進化心理学には、特定の研究対象がありません。しいて言えばヒトの心の働きが研究対象ですが、それでは心理学全般と重なってしまいます。
進化心理学に特定の研究対象がないとしたら、進化心理学の「進化」は何を表しているのでしょうか。実は進化心理学とは、その考え方によって特徴づけられる研究分野です。ヒトの心の働きを、進化論的視座 (あるいは、適応という視座) から統一的に理解したいということです。逆に言えば、従来の心理学 (そしてその下位領域) にはこのような統一的な理論的視座がなかったということでもあります。例えば、社会心理学では自尊感情を高く保ちたいという動機づけが私たちに備わっていると考えます。ところが、なぜその動機づけが備わっているのか (生物進化の産物として備わっているのかどうか) については、特に説明がありません。それでも、経験的にそのような動機づけがあると考えると私たちの社会行動がよく理解できるのです。
進化心理学は、私たち人間の心の働きが、身体器官と同じように自然淘汰による進化により形成されたと考えます。言い換えれば、何か適応上の問題があり、その問題を解決するために役に立つ心の働きが進化的に備わっているということです。例えば、私たちは目の前に突然ヘビが出てきたら恐怖を感じますが、恐怖感情は「戦うか逃げるか」という身体的反応の準備をします。ヘビのような恐怖刺激が目の前に出現したときには、ノンビリと「これは何だろう?」と考えているよりも、このような緊急モードの対処をする方が適応的です。
進化心理学というのは、従来の心理学では必ずしも当たり前ではなかった適応という視座から心の働きを理解したいと考えます。そのため、研究 (説明) 対象は従来の心理学の下位領域を横断しています。そのことを踏まえて、この本では、心理学の諸分野の専門家に、適応という視座がその分野にどのように役に立つのか、これまでにどのような貢献をしてきたのかを解説してもらいました。本書によって、適応という視座が心理学全般にとって有効なのだということを理解してほしいと思っています。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 大坪 庸介 / 2024)
本の目次
Chapter 2 進化心理学と神経・生理 〔鮫島和行〕
Chapter 3 進化心理学と感情 〔大平英樹〕
Chapter 4 進化心理学と認知 〔竹澤正哲〕
Chapter 5 進化心理学と性 〔坂口菊恵〕
Chapter 6 進化心理学と発達 〔齋藤慈子〕
Chapter 7 進化心理学とパーソナリティ 〔中西大輔〕
Column 1 心理統計 〔玉井颯一・村山 航〕
Chapter 8 進化心理学と社会 〔三船恒裕〕
Chapter 9 進化心理学と言語 〔小林春美〕
Chapter 10 進化心理学と文化 〔豊川 航〕
Chapter 11 進化心理学と道徳 〔内藤 淳〕
Chapter 12 進化心理学と宗教 〔石井辰典〕
Column 2 心理学の再現性危機と進化心理学 〔平石 界〕
Chapter 13 進化心理学と教育 〔安藤寿康〕
Chapter 14 進化心理学と犯罪 〔喜入 暁〕
関連情報
水野景子 評 (社会心理学研究 40 巻 2 号 p. 171 2024年)
https://doi.org/10.14966/jssp.B4004
shorebird 進化心理学中心の書評など 2023年6月17日
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2023/06/17/120538