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3匹のイグアナの写真

書籍名

人工知能の創発 知能の進化とシミュレーション

著者名

伊庭 斉志

判型など

244ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年5月

ISBN コード

978-4-274-22064-7

出版社

オーム社

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人工知能の創発

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本書は、人工知能 (AI) のための創発についての解説書です。最近、AIは3度目のブームと言われています。その一因はニューラルネットワークを発展させたディープラーニング (深層学習) や統計的理論に基づく機械学習です。しかしそれだけでは真のAI (人間のような汎用知能、強いAI) を実現できるかには疑問の余地があります。人間の知能や認知にはこれらのAI技法ではとらえきれない深みがあることが、数多くの研究から明らかになっています。
 
これまで三十年近く筆者は進化や創発の計算を研究していました。このメカニズムには人間や生物の知能の原理が垣間見られます。そこで本書では、人工知能に関連するこれらの話題について理論的背景から最近の進展、および今後の課題にいたるまでを詳しく説明します。
 
いくつかのトピックに関して、読者の中にはこんなことがAI技術に関連するのかと思われる方がいるかもしれません。本来のAIとは問題を見つけることであると言われています。つまり解けたときにはすでにAIでないとされていました。本文で紹介していますが、ブルックスは「人工知能 (AI) とは、あと少しでできそうだった (Almost Implemented) という意味だ」という冗談を言っています。ブルックスは1980年代から活躍しているMITの人工知能学者で、AIに関する数々の画期的なアイディアを提唱しています。またお掃除ロボット「ルンバ」の生みの親 (アメリカのiRobot社の創業者) としても有名です。その意味ではすでに市販されているお掃除ロボットはAIでないと言えるでしょうか。
 
現在のAIでは、技術的な応用や一見華やかな喧伝が先行しすぎているようです。もちろんこれを否定するものではありませんし、筆者もそのようなプロジェクトに参画しています。しかしそれだけで十分かは別問題です。知能に関連することならなんでもAIにつながり得るので、認知や生命の本質にせまる基礎的な研究をないがしろにしてはなりません。
 
筆者の研究の目標は、人間の認知機能を創発の観点からモデル化することです。つまり、知能がどのように現れたのかを理解し、現実世界との対応をとり、実際の物理的・化学的メカニズムでの因果関係の説明を行います。そのためには、知的振る舞いそのものだけではなく、その因子の解明、またそれがどのような影響を及ぼしているのかを理解することが肝要です。そのため本書では、さまざまな人間の認知的錯誤、認知的不協和、非合理行動、協調・裏切り行動の創発について説明しています。残念ながら,現在のAIにおける中心技術である機械学習の統計モデルやビッグデータに基づく深層学習では、これらの現象を説明するのは困難です。むしろそれらのアプローチとは逆行する仮定が必要となるかもしれません。本書で説明する創発シミュレーション・モデルは、知能の本質を解明する重要なアプローチであり、真のAIの実現に寄与すると考えられています。
 

(紹介文執筆者: 情報理工学系研究科 教授 伊庭 斉志 / 2020)

本の目次

第1章 学習と進化のための創発計算
1.1  進化を見てみよう
1.2  強化学習でロボットを訓練する
1.3  学習と進化の不思議な関係
 
第2章 創発する複雑系
2.1  創発とは
2.2  セルラ・オートマトンとカオスの縁
2.3  シェリングと社会科学:正義とはなんだろうか?
2.4  チューリングのモデルと形態形成:魚のパターンはなぜ変わる
2.5  マレイの理論:なぜ斑点模様のヘビが存在しないのか?
 
第3章 待ち渋滞と認知の錯誤
3.1  待ちの発生
3.2  ポアソン分布と偏りの認知錯誤
3.3  待ちの制御:行列のできるラーメン屋のスケジューリング
3.4  渋滞のモデルとセルオートマトン
3.5  シリコン交通と渋滞制御
3.6  ディズニーランドと高速道路における待ち制御の功罪
3.7  統計はときには嘘をつく
 
第4章 協調と裏切りの創発
4.1  裏切りと協調のゲーム
4.2  繰り返しは協調を創発する
4.3  創発する万華鏡とビッグバン
4.4  量子ゲームでジレンマは解消できるか?
4.5  最後通牒のゲーム:人間は利己的か、協調的か?
4.6  進化心理学と心の理論
 
第5章 効用と多目的最適化
5.1  ベルヌーイとサンクト・ペテルブルクのパラドクス
5.2  限界効用逓減の法則:快楽や幸福をもたらす行為は善か?
5.3  賭けにどう対処するか?
5.4  なぜ人間は賭けを好み、保険に入るのか?
5.5  推移律の謎:多数決は民主的か?
5.6  多目的に見られる創発:パレート最適化への道
5.7  無差別曲線への批判
 
第6章 プロスペクト理論と文化の進化
6.1    ベルヌーイの間違い
6.2  授かり効果:なぜ返金保証は採算が合うのか?
6.3  損失回避とフレーミング効果
6.4  人間の認知を説明する効用の価値関数
6.5  新しい効用の定義
6.6  サルでもわかる経済学
6.7  サルに文化はあるのか?
6.8  ミラーニューロンの発見
6.9  文化も進化する
6.10 脳はどう創られるか:機械に囲まれたダーウィン
 

 

関連情報

本書で紹介したデモ・ソフトウェアの紹介ページ:
http://www.iba.t.u-tokyo.ac.jp/support/index.html

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