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白い表紙、黒と茶色の幾何学的模様

書籍名

進化心理学

著者名

大坪 庸介

判型など

248ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年3月

ISBN コード

978-4-595-32386-7

出版社

一般財団法人 放送大学教育振興会

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進化心理学

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本書は放送大学で2023年度に開講された「進化心理学」の印刷教材 (教科書) である。進化心理学とは、ヒトの心のはたらきを「自然淘汰による進化」という考え方によって統一的に説明しようとする分野である。つまり、進化心理学を学ぶということは、特定の「考え方」を理解するということである。このときに問題になるのは、正しい理解を阻害するいくつかの誤解が広がっていることである。この教科書ではこのような誤解を解くことにも注力したので、その部分に焦点を当てて紹介したい。
 
進化論に関する誤解の筆頭格とも言えるものに、「種の保存」の役に立つ形質は進化するというものがある。例えば、ある個体が群れに近づく捕食者の存在を大きな警戒音を出して仲間に知らせる結果、目立ってしまい捕食されやすくなるとする。この個体の行動は自己犠牲を伴う利他行動である。このような利他行動は「種の保存」に役立つから進化したのだという説明を聞いたことはないだろうか。もっともらしく聞こえるかもしれないが、これはよくある誤解、つまり間違いである。
 
このような誤解が生じるのは、自然淘汰が作用する対象が理解されていないからである。自然淘汰による進化とは、遺伝子により世代を越えて受け継がれる形質 (行動特性も含む) に、生存・繁殖に有利なもの、不利なものがあるときに、生存・繁殖に有利な形質を作る遺伝子がその集団の中に広がっていくプロセスのことである。これを踏まえて改めて警戒音について考えてみる。すると、警戒音がいくら「種の保存」に役立つとしても、それを発する個体は生存しにくく、その結果、その遺伝子も集団中に広がらないことがわかる。
 
進化的な説明は、利他的に見える行動も、実際には自分自身の遺伝子を増やす利己的な機能があるのだという説明にならざるを得ない。例えば、周囲に血縁関係にある個体 (自分自身と同じ遺伝子を有する個体) がたくさんいるときにだけ警戒音が発されているのだとすれば、警戒音は自分自身の遺伝子を残すための行動ということになる。
 
ここで、もうひとつの誤解が生じる。ある行動がどのような機能のために進化したのかに関する究極要因の説明と個体にその行動をとらせる至近要因の説明が混同されてしまうのである。しかし、警戒音を発するという行動が、意識的な損得勘定 (利己的な動機) に基づいている必然性はない。これは、空腹感から食物を摂取するときに、私たちが意識的に身体のエネルギー管理の計算をしていないのと同じである。
 
最後の誤解は、究極要因と至近要因の混同から派生する。私たちの行動が利己的な動機 (至近要因) に基づいているという誤解は、その行動を偽善的であるとか、非道徳的であると非難することにもつながる。しかし、ある行動傾向がなぜ進化したのかという「~である」の説明は、私たちがどのように行動「すべき」かという道徳の問題とは切り離して考えなければならない。
 
この紹介文は、多くの誤解をあげつらうややうっとうしいものになってしまった。しかし、それこそ特定の「考え方」にコミットしているからである。心のはたらきについて理解する「考え方」に制約を設けるからこそ、統一的な理解につながると信じている。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 大坪 庸介 / 2023)

本の目次

1 進化とは
 1. 自然淘汰による進化とは
 2. 複雑な器官の進化
 3. 心・行動の進化
 
2 ヒトの進化
 1. ヒト族の進化
 2. 脳の進化
 3. 現代の狩猟採集民
 
3 進化心理学とはどのような学問か
 1. 標準社会科学モデルからの脱却
 2. 進化心理学についての誤解
 3. 至近要因と究極要因
 
4 進化論は利他行動を説明できるか
 1. 利他行動の謎と群淘汰
 2. プライス方程式と群淘汰の誤り
 3. 血縁に基づく利他行動の進化
 
5 性と進化
 1. なぜ有性生殖なのか?
 2. 性淘汰と性的二型
 3. なぜメスの方がオスより子育てに熱心なのか?
 
6 配偶者選択
 1. ヒトの配偶システム
 2. 配偶者選択基準の男女差
 3. 身体的魅力度
 
7 短期的配偶
 1. 短期的配偶戦略
 2. 配偶戦略の男女差
 3. 性的意図の過剰知覚
 
8 子育て
 1. 親子の関係
 2.子育ての至近要因
 3. 子育てと血縁淘汰
 
9 認知と進化
 1. ヒューリスティックとバイアス
 2. エラー管理理論
 3. 認知の領域固有性
 
10 感情と進化
 1. 感情とは
 2. 嫉妬
 3. 表情
 
11 協力の進化
 1. 互恵的利他主義と囚人のジレンマ
 2. 繰り返しのある囚人のジレンマと応報戦略
 3. ヒトの互恵性
 
12 大規模な集団における協力
 1. 間接互恵性
 2. 社会的ジレンマ
 3. 利他的罰
 
13 コミュニケーション
 1. シグナルの進化
 2. シグナルの正直さ
 3. 言語の進化
 
14 文化と進化
 1. 文化進化
 2. 文化を支える社会的認知
 3. 遺伝子と文化の共進化
 
15 進化心理学の限界と展望
 1. 進化的ミスマッチ仮説となぜなぜ物語
 2. ミスマッチ以外のなぜなぜ物語
 3. 再現性の危機と進化心理学

関連情報

関連記事:
「進化心理学」 (shorebird 進化心理学中心の書評など 2023年4月30日)
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2023/04/30/142510
 
[動画]「放送大学「進化心理学 ('23)」(テレビ授業科目案内)」 (放送大学YouTube 2023年3月15日)
https://www.youtube.com/watch?v=Xr0aqXDGWbc
 
インタビュー:
「この人をたずねて 大坪庸介」(『心理学ワールド』78号 2017年1月号)
https://psych.or.jp/publication/world078/pw15/

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