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白い表紙にブルーの題字

書籍名

シリーズ認知と文化 9 ヒトは病気とともに進化した

著者名

太田 博樹、 長谷川 眞理子 (編著)

判型など

232ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2013年12月

ISBN コード

978-4-326-19945-7

出版社

勁草書房

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ヒトは病気とともに進化した

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本書がこれまでの「進化医学本」と異なる点は「ダーウイン医学」に議論を限定しない点である。つまり、チャールズ・ダーウィンの自然淘汰の理論を基礎に感染症、アレルギー、癌などを解説するのではなく、本書では中立進化のもとで説明可能な疾患リスク変異の人類集団における存在パターンの解説に重きを置く。
 
1968年に木村資生によって提唱された「分子進化の中立説」は、当時支配的であった「淘汰万能主義」を否定するものとして (実際はダーウイン進化を否定しているわけではないのだけれど)、多くの批判にさらされてきたが、この学説自体が科学の生存競争の中を勝ち抜き、現在では「中立理論」として、少なくともDNAレベルの進化においては仮説ではなく自明のtheory (理論) となっている。
 
中立理論とは「生物進化の主たる要因は偶然である」という理論だ。DNAとは遺伝物質の本体であり、配偶子 (精子や卵子) が作られる際のDNA複製時において、たまにエラーが生じる。このエラーを「突然変異」もしくは「変異」という。エラーは偶然生じる。DNA上に生じた変異は、それらの多くが有害であるため、個体発生の前段階で集団から消滅する。この過程はまさにダーウィンが唱えた「自然淘汰」であるが、そうした変異が集団中に生き残るメカニズムも全て「適者生存」のアイディアのもとで説明するのが「淘汰万能主義」であるのに対し、木村資生の中立理論では、変異が生き残るプロセスもほとんどの場合、「遺伝的浮動」という“偶然”で説明できるとする。
 
1960年代は、まだDNAを分析する技術が未発達で、木村資生の理論を裏付ける実験データが乏しかったため批判にさらされたが、その後、分子生物学が飛躍的に発展し、分子レベルの進化の大半は中立進化で説明できることが明らかになった。いまではむしろ「中立進化はあたりまえ」であるため、中立から逸脱する遺伝子やゲノム領域を一生懸命見つける研究が中心だ。
 
DNA分析技術の発展は、2003年のヒトゲノム配列解読完了という大きな成果を生み、その後の医学・生物学に劇的な変化を与えた。多因子疾患に関するゲノムワイド関連解析が行われ、関連するゲノム領域が報告されてきた。重要なポイントは、こうした疾患に関連する遺伝的変異が世界中のヒト集団中に多く存在している点である。なぜ、そんなに人間にとって“不都合な変異”が淘汰されずに集団中に存在しているのだろうか?
 
従来の進化医学の一般書の多くが医師や医学系の研究者によって書かれてきたが、本書では8名の共同執筆者の全てが医師ではなく生物学としてヒトの進化を研究している専門家である。本書では「病気」が「異常」で「健康」が「正常」であるという医学の常識を疑うことから “ゲノム医学の時代”の病気と健康について考える。
 

(紹介文執筆者: 理学系研究科・理学部 教授 太田 博樹 / 2021)

本の目次

はじめに
 
第一章 進化医学の展望
 1 進化で医学を考えるとは
 2 適応と中立
 3 ヒトの進化史
 4 ヒトの進化の舞台としての環境
 5 現代社会とはどんな環境か?
 
第二章 ダーウィンの視点を超えて
 1 ダーウィン医学
 2 DNAからみた進化のメカニズム
 3 分子進化の中立説
 4 ほぼ中立説
 5 病気と遺伝子
 6 病気の原因となる遺伝子の進化
 7 個人ゲノムにより何がわかるか
 
第三章 ゲノム情報から疾患原因を見つける
 1 疾患の遺伝因子を探る
 2 遺伝マーカーの変遷
 3 ハプロタイプと連鎖不平衡マッピング
 4 国際ハップマップ計画
 5 ケース・コントロール関連検定
 6 ゲノムワイド関連解析の成果
 7 ヒトゲノム多様性研究
 8 オーダーメイド医療に向けて
 
第四章 出アフリカはゲノムに何をもたらしたか
 1 ヒトの誕生
 2 ヒトの拡散とヒトゲノム多様性
 3 クローン病原因変異の進化
 
第五章 疾患の進化的モデルとその意義
 1 適応と異なる理由
 2 有害な変異の蓄積
 3 集団のサイズ
 4 連鎖と組み換え
 5 遺伝性疾患
 6 多因子疾患
 7 遺伝と環境
 8 多因子疾患のモデル
 9 遺伝的浮動のモデル
 10 ポジショナルクローニング
 11 次世代シークエンサーの特徴
 12 疾患と進化
 
第六章 古人骨から分かるヒトの病気の歴史
 1 古病理学という学問
 2 骨病変とは何か?
 3 古人骨から見えてくるもの
 
第七章 ヒトらしさの起源
 1 ヒトらしさの起源と精神疾患
 2 適応不全による説明
 3 もう一つの説明
 
おわりに
引用・参考文献
索引

関連情報

書評:
進化医学の最先端『ヒトは病気とともに進化した』 (スゴ本:わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる 2015年11月)
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2015/11/post-a7ed.html
 
我が運命『ヒトは病気とともに進化した』 (科学に佇む本の棚 2014年1月5日)
http://sciencebook.blog110.fc2.com/blog-entry-1818.html
 
「ヒトは病気とともに進化した」 (shorebird 進化心理学中心の書評など 2014年1月3日)
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20140103/1388733722
 
関連動画:
長谷川眞理子「病気はなぜあるのか――進化医学から考える4つの原因」
進化医学からみた現代の病気(1)人類の進化と病気の関係 (テンミニッツTV 2021年11月15日)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4314

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