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白とベージュの表紙

書籍名

ちくま新書 近世史講義 女性の力を問いなおす

著者名

高埜 利彦 (編)

判型など

272ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2020年1月6日

ISBN コード

978-4-480-07282-5

出版社

筑摩書房

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近世史講義

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日本近世とはおおむね江戸時代を指すが、当時も人口の半分は当然、女性だったのだから、日本近世史の概説書であれば、女性に関する話題、女性が登場するテーマが半分近くあってもおかしくはないはずだ。しかし実際は、まったくそうはなっていない。なぜだろうか?
 
最大の原因は史料にある。文字はもともと、支配者層が支配や統治のために普及させてきたという側面があり、現在までに残される史料も、当然、支配や統治、政治に関するものが多くなる。江戸時代の支配者は武士であって、武士はみな男である。もちろん武士にも妻や娘はいるが、女性が政治的な役職に就くことはない。男である武士・役人が、その立場から書いた史料が圧倒的に多くなる。
 
武士は村を構成する百姓から年貢を取ることで存立した。百姓は小家族の農家が中心で、漁村や山村では漁業や林業などに従事したが、機械化が進んでいない当時はいずれも厳しい力仕事であった。そのため百姓の家も男性当主の労働が中心を占め、領主の御用や村の自治に関わる村役人もみな男性であった。近世には村に膨大な古文書が残されるようになるが、それを書いたのも男である村役人である。
 
町人でも事情はそれほど変わらない。武士や百姓と同じような男性当主を中心に男系で継承されるイエを形成していたからである。町人は商人と職人であるが、商人はもともと危険を冒して遠隔地へ商いに出向くのが本来のなりわいであり、職人にも遠出や力仕事はつきまとった。そのため町人として町に定着させられるようになっても、男性が家業として営む形態が中心となった。ただし「賃仕事」とよばれる洗濯や雑用・小商い、あるいは機織りなどで女性が現金収入を得られる機会も、次第に増えていった。
 
こうした家や村、武力や力仕事が重視された社会では、男性が公的な役割を独占して史料を残し、女性の姿は見えにくくなる。もちろん女性が登場する場面を切り取ってくるだけならそれほど難しくない。これまでも女性史は描かれてきた。問題は、女性の姿や実態を明らかにすることによって、近世社会像を刷新することができるかどうかである。男性中心に残される史料の先に、女性の存在を浮かび上がらせ、その役割を的確に位置づけることは、当時の政治・経済・社会そして史料に精通した上ではじめて可能になる熟練の業なのである。
 
本書の執筆者は3人を除いてすべて女性で、しかも近世の政治・経済・社会・宗教・外交・思想それぞれの分野に精通した第一人者ばかりである。その結果、女性の活動だけを抜き出した女性史ではなく、女性を含み込んだ日本近世史の達成を読むことが可能になった。新書として読みやすく書かれているが、どの章も、一文一文に多くの蓄積が込められている。執筆者がさりげなく書いている一文に込められた境地や、女性をみることによって得られる新しい近世史の見え方に留意してお読みいただきたい。
 
なお私は、ほんの露払いをしただけだが、執筆に当たって、後に控える錚々たる「女性の力」に押され、他の企画にはない強い緊張感を味わったことを告白しておこう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 牧原 成征 / 2020)

本の目次

1. 織豊政権と近世の始まり 牧原成征
2. 徳川政権の確立と大奥―政権期の成立から家綱政権まで 福田千鶴
3. 天皇・朝廷と女性 久保貴子
4. 「四つの口」―長崎の女性 松井洋子
5. 村と女性 吉田ゆり子
6. 元禄時代と享保改革 高埜利彦
7. 武家政治を支える女性 柳谷慶子
8. 多様な身分―巫女 西田かほる
9. 対外的な圧力―アイヌの女性 岩﨑奈緒子
10. 寛政と天保の改革 高埜利彦
11. 女性褒賞と近世国家―官刻出版物『孝義録』の編纂事情 小野 将
12. 近代に向かう商品生産と流通 髙部淑子
13. 遊女の終焉へ 横山百合子
14. 女人禁制を超えて―不二道の女性 宮崎ふみ子

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