東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

オレンジの表紙に農作物と昆虫のイラスト

書籍名

人と生態系のダイナミクス 1 農地・草地の歴史と未来

著者名

宮下 直、 西廣 淳

判型など

176ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年7月10日

ISBN コード

978-4-254-18541-6

出版社

朝倉書店

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農地・草地の歴史と未来

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学校や大学の授業内容は縦割りの科目からできている。文系と理系の間はもちろん、理系科目の中でも、接点を見いだすことは難しい。こうした過度な縦割りが学校の勉強をつまらなくさせている一因であると思う。私は高校生物の教科書を20年ほど執筆している。つい最近まで、文科省は生物学と医学や社会との接点を正面から取り上げない方針だった。だが最近になって風向きが変わり、生物学と他の科目や社会との関連を積極的に取り上げるよう指示がでている。縦割りの打破は、教育界でも必須である。本書を企画した意図の一部はそこにある。
 
このシリーズ本では、最終氷期以降の人と自然の関わり合いの歴史を広範な資料をもとにコンパクトにまとめ、現在起きている環境問題とその背景要因を探っている。一見、ありがちな本に思えるかもしれないが、そうではない。単なる歴史書ではなく、自然の変遷を記述した科学本でもない。人間社会の形成・発展を、自然や生き物との相互作用に注目して論じたユニークな本である。高校の教科で言えば、歴史、地理、公民、生物の分野を横断した内容である。近年、大学では学際とか文理融合といった分野が花盛りであるが、不自然な寄せ集め研究が少なくない。本書を読めば、ごく自然に学際や文理融合の必要性を読み取ることができるはずだ。
 
シリーズ第1巻の本書では、食料生産の場としての農地をベースに、森林、河川、沿岸、都市などを含めた人と自然のダイナミクスを概説している。なかでも水田と草地や林地の強い関係はその端的な例であり、本書の柱となっている。水田の地力を維持するには、肥料を定期的に投入する必要がある。だが化学肥料がない時代、原野から枝葉や落ち葉を採取し、緑肥や堆肥として利用してきた。水田耕作を維持するには、水田の10倍もの原野が必要だった。これは水田稲作の特徴でもあり、日本の有史以来の自然環境を形成してきた原動力である。新田開発は、やがて山林原野の過剰利用をもたらすことになった。だが、明治以降の化石燃料の登場、そして最近のグルーバル経済により、農地と原野のつながりは失われ、現在では過少利用という新たな問題が顕在化している。過少利用の何が問題なのか、多くに人にはピンとこないだろう。だが本書を読めば、現代社会が抱える過剰利用と過少利用という一見矛盾する問題が同時発生している理由や、その解消のために必要な社会的な仕組み創りを理解してもらえるだろう。
 
人間社会と自然環境のダイナミクスを予測することは至難である。だが、歴史はある意味で壮大な実験の場を提供してくれている。私は本書の執筆を通して、「歴史を学ぶ意味は、過去の失敗に学び、視野を広げて相対化できることにある」という歴史学者の主張を実感できた。これからの時代、自然科学者にはこうした視点が今まで以上に求められているように思う。面白みのない浅薄なジェネラリスト教育に飽き足らなくなった学生には、是非一読していただきたい。
 

 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 教授 宮下 直 / 2020)

本の目次

1. 日本の自然の成り立ちと変遷―人との相互作用を中心に―
1.1 日本の自然の特徴
1.2 最終氷期から縄文時代の人と自然
1.3 水田稲作と文明の画期
1.4 古代から中世:自然と社会の基盤の形成
1.5 近世:農業社会の発展と限界
1.6 近代日本の発展:工業化の画期
1.7 戦後から現代:過剰利用と過小利用のはざま
1.8 むすび
 
2. 農地・草地生態系の特徴と機能
2.1 水田稲作の特徴:畑作との対比
2.2 農地景観の生物多様性
2.3 草地生態系
2.4 農地と草地の多面的機能
 
3. 課題解決への取り組み
3.1 農地の課題と取り組み
3.2 生産と保全の両立 (1):環境保全型農業の展開
3.3 生産と保全の両立 (2):日本型直接支払制度
3.4 生産と保全の両立 (3) エコマークと持続性
3.5 草地の保全
3.6 耕作放棄地の活用
3.7 グリーンインフラとしての農地の維持
3.8 むすび

 

関連情報

書評:
高田まゆら (東京大学大学院農学生命科学研究科) 評 (『一般社団法人日本生態学会ニュースレター』No.50 2020年1月)
https://www.esj.ne.jp/esj/newsletter/No50.pdf

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