東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

黄緑の表紙に森林と動物のイラスト

書籍名

人と生態系のダイナミクス 2 森林の歴史と未来

著者名

鈴木 牧、 齋藤 暖生、 西廣 淳、 宮下 直

判型など

192ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年12月1日

ISBN コード

978-4-254-18542-3

出版社

朝倉書店

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森林の歴史と未来

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近年はちょっとした日本史ブームだが、日本の歴史が森林と不可分に結びついてきたことは、熱狂的な歴史ファンにもあまり知られていないのではないだろうか。一般の人に限らず生態学を学ぶ人にも、日本史上における森林の重要性は必ずしも認知されていない。著者の鈴木や齋藤より若い世代にとって、日本は生まれた時から先進国トップクラスの森林国である。何も努力せず何も考えなくとも、日本の森は変わらず存在し続ける。そう信じる世代には、ブラジルや東南アジアで起こっている急速な熱帯林消失など「温暖化でなんとなく迷惑」以上の意味はないのかもしれない。しかしそれなら、その森林国・日本がいまだに世界に冠たる木材・木質資源の輸入大国であるのは、一体なぜなのか。プラスチックごみを減らすため紙のストローに切り替えるというが、その材料は一体どこから来るのか。森林と人の関係は複雑で矛盾に満ちており、それを理解するには歴史と生物を複合した視点が必要となる。
 
本書の第1章では、現代の日本が森林国となるまでのいきさつを、地理、歴史、生物の視点を織り混ぜて解説した。こう書くとまるで中高の社会科の復習のようだが、実際、日本の地理と歴史を森林目線で再評価したのに等しい。各地域の森林は、地史や気候条件によって異なる生物群からなり、それらを持続的に利用しようとする人間社会との間に、一種の相互適応系を成立させてきた。各地域固有の文化と森林生態系は、この相互適応の繰り返しの歴史を通して生じたものである。その多様性と興味深さを、フィールド取材資料に基づいて第2章に解説した。しかし、明治時代以降の急速な人口増加と産業振興に伴い、日本の森林は急速に失われる。戦後は一転、燃料革命と輸入依存に植林事業が相まって、森林は一気に蓄積過剰となる。歴史的文脈から切り離されて発達した、この奇妙な現代日本の森林を第3章で分析している。こんな「余剰な森林」の問題は贅沢病のようにも聞こえて、真面目な読者には薄味に感じられるかもしれない。しかしこの状況を、わが国の木材・木質資源利用が海外の森林の消費に立脚している事と考え合わせれば、専門家でなくともモヤモヤと落ち着かない気持ちになるだろう。終章となる第4章では、そんなモヤモヤを解消しようとする社会の取り組みを紹介している。補助金や税制、保安林制度、新しい木材製品、ジビエやキノコ・山菜など非木質資源の利用、ボランティア活動の意義など、様々な取り組みを網羅的に解説した。森と人の長い歴史を踏まえ、改めて今、この時代における森林との向き合い方を考えて頂ければ幸いである。
 
本書は統計数値や文献を多用した学術書だが、趣味の小噺を盛り込みすぎて出版社の指定ページ数を大幅に超過した。シリーズを企画・監修した宮下と西廣の「教科書ではなく、読んで面白い読み物」という意図を踏まえたものだが、定価が3,000円もする上に、膨大な木質資源 (紙) を使用する結果となってしまった。せめて少しでも森林保全の役に立つことを願うばかりである。

 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 教授 宮下 直、農学生命科学研究科 講師 齋藤 暖生、新領域創成科学研究科 准教授 鈴木 牧 / 2020)

本の目次

第1章 日本の森林の成り立ちと人間活動
1.1 日本列島の地史・地形的特徴と森林の多様性
1.2 先史時代:古代の人為による森林植生の変遷
1.3 集権化と森林開発の進行
1.4 中世まで:里山の形成と用材伐採の進行
1.5 江戸時代:森林保全の試み
1.6 明治~昭和前期における木材消費の拡大
1.7 第二次世界大戦後の日本社会と森林利用
 
第2章 循環のダイナミクス―地域生態系としての森と人―
2.1 森の恵みと人々の営み
2.2 循環的な資源利用が成り立つ仕組み
 
第3章 現代の森をめぐる諸問題
3.1 針葉樹人工林:世界経済に翻弄される巨大生態系
3.2 二次林:アンダーユースと地域社会
3.3 野生動物の復権
 
第4章 人と森の生態系の未来
4.1 現代的な供給サービスと経済への組み込み
4.2 森林とグリーンインフラ
4.3 広がる森のステークホルダー
4.4 本書のまとめ
 
(コラム)
安定同位体比から食物が分かる
マツ科の植林と菌根菌
歴史的産物としてのキノコ利用文化
悪魔の契約―ドングリをめぐる森の騒乱―
キーストーン種の由来と誤解

 

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