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いろんな形の洋服のパターン

書籍名

環太平洋地域の移動と人種 統治から管理へ、遭遇から連帯へ

著者名

田辺 明生、 竹沢 泰子、成田 龍一 (編)

判型など

428ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2020年1月

ISBN コード

9784814002481

出版社

京都大学学術出版会

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環太平洋地域の移動と人種

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人種カテゴリーに生物学的根拠はないことが明らかになって久しい。しかしそれにも関わらず、人種差別は執拗に続いている。私たちは現在の人種差別をどのように理解したらよいのだろうか。そして、人種差別を克服するにはどうしたらよいだろうか。
 
現代世界においては、肌の色などの見た目の差異だけでなく、文化や生活習慣など目に見えない差異で線をひく厄介な人種化が横行している。本書は、こうした現代的な人種化の動きを理解するために、これまでの環大西洋中心的な人種理解を刷新し、環太平洋型の人種に焦点をあてる。それによって、よりグローバルな人種と人種差別の理解をめざすのである。
 
従来、人種というと、身体形質上の特徴による区分単位であると考えられることが多かった。たとえば、コーカソイド (白)、モンゴロイド (黄)、ネグロイド (黒)、オーストラロイド (茶) といった肌の色を指標にした分類である。しかし、こうした人種観は、近世以降の環大西洋地域における経験を偏重したものだ。そこでは、ヨーロッパからアメリカ大陸への移住やアフリカからの奴隷貿易など、大陸から大陸への超遠距離間の大規模な人口移動があったために、「目にみえる」違いを有する人びととの出会いが生じた。一方、アジアにおいては、人びとは絶えず活発に多方向に移動を続けてきたのであり、それが重層的で複雑な遺伝的多様性をもたらしている。そこで伝統的に存在した集団間の序列階梯は、血統・出自・職業・生活様式などの多元的で身体的には「目にみえない」差異の複雑なからまり合いによって構成されたものであった。
 
19世紀後半からアメリカ両大陸とアジアをまたぐトランスパシフィックな移動が盛んになると、欧米由来の「目にみえる」身体的違いを前提とした人種秩序と、アジア在来の「目に見えない」身体的差異 (とみなされるもの) にもとづいた人種秩序が出あい、入れ子構造のように複雑に絡み合いながら、新たな環太平洋型の人種・人種主義がつくられるようになった。現在の環太平洋地域においては、部落民差別、アイヌ差別、民族差別、カースト差別といった在来型の集団間差異づけと、生物学的な言説を用いた「科学的」人種主義がからみあいながら、複雑な形で人種差別が展開していることは、本書のさまざまな事例が示す通りである。
 
本書は、執拗に続く人種差別を理解するよすがとして、視覚的な違いに加えて、嗅覚や触覚などの感覚に訴える情動レベルでの差異がいかに人種主義の形成に用いられるかに着目する。ただし、前意識的な情動は差異づけを再生産する方向にのみ作用するわけではない。感覚だけが頼りで言語化がむずかしいからこそ、情動は、人と人の間に共感を生み出し、集団の境界を壊す役割を果たしてきた。食や音楽、美術、踊りが生み出す力はその最たる例である。本書は、グローバル化の中での現在の人種主義を超えていく方途を探るために、情動のレベルでの連帯やつながりの可能性を演劇、文学、芸術、社会運動などに探る。これは、環太平洋における移民たちと異集団の人びととの遭遇・葛藤・連帯について、過去の経験と現在進行中の試みを検証することによって、新たな人種化に抗う方策を考察しようとする試みである。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 田辺 明生 / 2021)

本の目次

序論

I 拡大する帝国・国民国家

第1章 遭遇としての植民地主義
    ――北海道開拓における人種化と労働力の問題をめぐって
    [平野克弥]

第2章 植民地統治と「カテゴリー」
    ――植民地期シンガポールでの治安秩序維持を事例として
    [鬼丸武士]

II マイノリティたちの遭遇・共感・連帯

第3章 アメリカに渡った被差別部落民
    ――太平洋を巡る「人種化」と「つながり」の歴史経験
    [関口 寛]

第4章 排日から排墨へ
    ――一九二〇年代カリフォルニア州における人種化経験の連鎖
    [徳永 悠]

III 政治実践としての記憶と表象

第5章 博物館におけるマイノリティ表象の可能性
    ――差別と人権の政治学 [吉村智博]

第6章 日系アメリカ人の原爆批評
    ――戦争の記憶と一九九五年のエノラ・ゲイ展
    [内野クリスタル]

第7章 一九九二年ロスアンジェルス蜂起をめぐる表象の政治
    ――『薄明かり――ロスアンジェルス、1992』と記憶の重層性
    [土屋和代]

IV グローバル化時代の管理と抵抗

第8章 巡礼する人種主義のためのノート [成田龍一]

第9章 ヴァーチャル化する「人種」
    ――現代インドにおけるデータガバナンスと人種化 [田辺明生]

第10章 「ほどく」「つなぐ」が生み出すマイナー・トランスナショナリズム
    ――井上葉子とジーン・シンの作品と語りから [竹沢泰子]

あとがき

索引
 

関連情報

書評:
飯島真里子 評「「思い込み」をほどく――目に見えない差異とその人種化の真相/深層を紐解く」 (『図書新聞』 2020年11月28日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3473
 
合評会:
【ZOOM開催】グローバル・スタディーズ・シンポジウム 「『環太平洋地域の移動と人種』合評会」 (京都大学人文科学研究所 2020年8月24日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0109_00398.html

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