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白い表紙の真ん中に書籍名

書籍名

U.P.plus インターセクショナリティ 現代世界を織りなす力学

判型など

192ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2024年6月25日

ISBN コード

978-4-13-013160-5

出版社

東京大学出版会

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インターセクショナリティ

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多様性に満ちた現代社会を理解するうえで最重要概念のひとつと呼ばれる「インターセクショナリティ (交差性)」。本書は、インターセクショナリティという新しい分析枠組みを用いることで、様々な地域の歴史、社会、文化のいかなる諸相が浮き彫りとなるのかを、具体的な事例をもとに学際的に検討した書籍である。人種、階級、カースト、ジェンダー、セクシュアリティ、国籍といったカテゴリー内の差異と不平等、さらに構築されたカテゴリー間の関係に注意を払いながら、社会的・歴史的事象や文化・文学作品をいかにとらえることができるのか。各地域の事例のなかで考えたときに、インターセクショナリティという分析枠組みを用いることで何が明らかになるのか。インターセクショナリティが学問として制度化されるとき、いったいどのような意味を持ちうるのか。
 
第一部「インターセクショナリティをめぐる「過去」と「現在」」では、これらの問いに歴史学・文学の方面から取り組む。第一章 (速水淑子) は、十九世紀初頭にプロイセンで出版された短編小説「聖ドミンゴ島の婚約」の分析を通して、文学作品の分析においてインターセクショナリティ概念がどのように有効であるか、同概念に対して文学研究がいかなる貢献をなしうるかを描き出す。第二章 (アルヴィ宮本なほ子) は、コロニアリズム、レイシズム、ジェンダーの問題を複合的に取り上げた先駆的作品であるメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス 』を、キンバリー・クレンショーが用いた二つの比喩―「交差点」と「地下室」―をもとに読み解く。第三章 (土屋和代) は、リプロダクティヴ・ジャスティスという性と生殖をめぐる権利に社会正義を重ね合わせた政治運動・思想がいったい何を意味するのかを、この運動を牽引してきたロレッタ・J・ロスの言説を通して検討する。第四章 (岡田泰平) は、日本軍「慰安婦」にさせられたフィリピンの人々をめぐる運動を通して、インターセクショナリティという概念がアメリカ社会の文脈以外でどのような意味を持ちうるのか、過去の著しい暴力にいかに適用できるのかという核心的問いに迫る。第五章 (井坂理穂) は、インターセクショナリティの概念がインドの研究者たちの間でどのように論じられてきたのかを紹介したうえで、ダリト女性に対する性暴力事件を扱ったヒンディー語の映画『第一五条』(二〇一九年) の内容とその背景を、インターセクショナリティの概念を用いながら分析する。
 
これに対して、第二部「インターセクショナリティから読み解く現代世界」では、現代世界の政治・社会状況を理解するうえで、この概念がどのような意味をもちうるのかを考察する。まず第六章 (和田毅) は、インターセクショナリティの可能性と限界を考えるうえで重要な四つの疑問に迫り、インターアクション・エフェクト (交互作用効果) という統計ツールを導入することで、「相乗効果」という、インターセクショナリティの核となるアイディアに光をあてる。第七章 (保井啓志) では、イスラエルにおいて性的少数者の権利運動と動物の権利運動が拡大・主流化していくなかで、パレスチナ問題との連帯を打ち切り、単一争点を志向してきた点が示される。第八章 (阿古智子) は、現代中国社会において、都市と農村、民族、所得格差、ジェンダー、セクシュアリティなどのカテゴリーが複雑に関わり合うなかでいかに抑圧の構造が生じているのかを、HIV集団感染事件を題材に論じる。第九章 (伊達聖伸) は、近年のフランスでインターセクショナリティという言葉が人口に膾炙する一方、共和国の普遍主義とは本質的に相容れないという強い拒否反応が見られる点を明らかにする。第一〇章 (清水晶子) は、「私たち」の同一性を脅かし続ける他者性の不安を解消不可能なまま抱え、「私たち」から排除したり、安心に回収したりしようと試みることなく、どのように共生していくのかを考えることこそが、インターセクショナリティという思想が私たちに問う課題である点を浮き彫りにする。
 
以上のように、本書は「インターセクショナリティ」に何ができるのかという問いに対して、異なる地域、時代、分野から挑んだものである。本書が、「複雑性」と格闘する活動家や研究者、社会的不平等に思いをめぐらし、そうした不平等に対して異議申し立てをしてきた、あるいはこれからしようとする人びとに、少しでもエールを送るものとなるよう願っている。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 土屋 和代 / 2024)

本の目次

序 「インターセクショナリティ」に何ができるのか
土屋和代
 
I インターセクショナリティをめぐる「過去」と「現在」
 
1 権力性の交差の場としての物語―クライスト「聖ドミンゴ島の婚約」(一八一一)における「メスティーツェ」の表象
速水淑子
 
2 二〇〇年前の「交差点」と「地下室」―『フランケンシュタイン』とインターセクショナリティ
アルヴィ宮本なほ子
 
3 リプロダクティヴ・ジャスティスとインターセクショナリティ―ロレッタ・J・ロスの思想と運動を中心に
土屋和代
 
社会運動、司法言説、歴史叙述―フィリピン人元「慰安婦」をめぐる権力の交差性について
岡田泰平
 
現代インドから「インターセクショナリティ」を考える―ヒンディー語映画『第一五条』を手がかりに
井坂理穂
 
II インターセクショナリティから読み解く現代世界
 
インターセクショナリティ(交差性)に関する四つの疑問―インターアクション(交互作用)効果を用いた概念の拡張性の検討
和田毅
 
イスラエルにおける性的少数者/動物の権利運動とパレスチナ問題―単一争点か複数争点か
保井啓志
 
エイズから新型コロナ、白紙運動からフェミニズム運動へ中国における構造的な差別への抵抗とインターセクショナリティの予感
阿古智子
 
インターセクショナリティに抗するフランス?―共和国の普遍主義の盲点を突く視座の有用性と前途多難な定着の可能性
伊達聖伸
 
10  安心をもたらさないインターセクショナリティへ―共生に向けた小さな覚書
清水晶子
 
あとがき
 

関連情報

試し読み:
【試し読み】序 「インターセクショナリティ」に何ができるのか(土屋和代) (note | 東京大学出版会 2024年6月17日)
https://note.com/utpress/n/n8b839925daed
 
書評:
前島志保 評「本の棚」 (『教養学部報』第659号 2024年12月2日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/659/open/659-2-02.html
 
関連記事:
【論説空間】ブラック・ライヴズ・マター運動と日本における重層的差別 (『東大新聞オンライン』 2020年9月2日)
https://www.todaishimbun.org/blacklivesmatter20200902/
 
シンポジウム・講演・イベント:
(new!) The 9th Cambridge-UTokyo Joint Symposium: Parallel Session 1: Global dialogues: making intersectional space for studying gender and race in and with Japan  (The University of Tokyo, University of Cambridge  2025年3月27日)
https://sp.t.u-tokyo.ac.jp/UTokyo_Cam/activities/the-9th-cambridge-utokyo-joint-symposium-parallel-session-1/

人文科学研究所主催公開研究会開催のお知らせ (中央大学 人文科学研究所 人文研チーム「ジェンダー/セクシュアリティと表象文化」 2025年1月12日)
https://www.chuo-u.ac.jp/research/institutes/culturalscience/event/2024/11/77819/
 
関西大学人権問題研究室 開設50周年記念 特別シンポジウム
 「人権論のいま -インターセクショナリティの視点から-」 (関西大学人権問題研究室 2024年9月20日)
https://www.kansai-u.ac.jp/hrs/news/2024/06/-50-2024920.html

『インターセクショナリティ』刊行記念トークイベント (本と珈琲の店UNITÉ 2024年8月25日)
 
第31回地域文化研究専攻主催 公開シンポジウム
インターセクショナリティ――新たな地域文化研究の可能性 (東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻 2023年6月24日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0109_00900.html
 
ブラック・フェミニズムの歴史とインターセクショナリティ (同志社大学アメリカ研究所 2021年11月5日)
https://america-kenkyusho.doshisha.ac.jp/ak/attach/page/AMERICA-PAGE-JA-5/183448/file/2021fall.pdf
 

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