東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

強制移住させられる者たちのモノクロ写真

書籍名

東欧からのドイツ人の「追放」 20世紀の住民移動の歴史のなかで

著者名

川喜田 敦子

判型など

384ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2019年3月26日

ISBN コード

9784560096901

出版社

白水社

出版社URL

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東欧からのドイツ人の「追放」

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第二次世界大戦後にアジア各地から日本人が引揚げたことはよく知られるが、同時期にドイツでも大きな人口移動があったことは日本ではあまり知られていない。いわば「ドイツ版引揚」とも言うべきこの人口移動は、ドイツでは「追放」と呼ばれる。恣意的殺害、略奪、性暴力が横行する過酷な条件の下、東欧各地からドイツに強制移住させられたドイツ系住民の数は1200万人にのぼった。これは、インド・パキスタン分離独立時の強制移住と避難民流出に次いで、世界史上、最大規模の住民移動のひとつに数えられる。
 
本書は、この強制移住をヨーロッパにおける国民国家形成と住民移動の長い歴史のなかに位置づけ、この経験が今日の世界における人の移動と共生にどのような示唆を与えうるのかを考えようとするものである。民族的マイノリティの移住を通じて国内の民族構成を単一化することが地域の安定につながるという考え方は、20世紀前半のヨーロッパでは広く共有されていた。それが実行に移された初期の事例としては、希土戦争後、ローザンヌ会議 (1923) で合意され、住民交換のモデルとみなされるようになったギリシア=トルコ間の住民交換がある。また、東欧のドイツ系住民を呼び戻す代わりに非ドイツ系住民を排除することを計画し、最終的にはユダヤ人大量虐殺へと急進化していったナチの民族移住政策もこの流れのなかに位置する。第二次世界大戦後には、東欧全域で複数の民族集団の住民移動が大規模に展開された。そのうち最大規模の住民移動がドイツ系住民の強制移住だった。
 
本書の中盤以降は、これらの人々が戦後ドイツにどのように統合されたかに話が移っていく。敗戦によって領土を失い、東西に分断された西ドイツでは、「奇跡」と呼ばれた戦後経済復興のなかで「追放」された人々の統合に成功した後、その後も東欧から出国してくるドイツ系の移民を優先的に受け入れる時代が長く続いた。彼らの存在と「追放」の記憶は、「追放」を実行し、ドイツ旧東部領を実効支配する東側諸国を批判するために利用され、そのなかで、「追放」の前史としてナチの民族移住政策があったことも、第二次世界大戦後に強制移住を迫られたのがドイツ人だけではなかったことも忘れ去られていった。
 
「追放」が行われた時代は、他者とは共存できないということを前提として、望まれる秩序を実現するために大規模に人を動かそうとした時代だった。冷戦終結後、私たちは世界各地で多くの地域紛争を経験し、大量の難民を目にしている。紛争地はもとより、難民の受け入れ地においても、同質性を安定の基盤にしようとする思考がある限り、問題が解決することはないだろう。同質な集団という理想が表立って追求された時代とそれがもたらした大きな人の動き、それにともなう犠牲、その後長く続いてきた認識のゆがみを振り返ることで、同質性だけを頼りとするのではない統合と連帯の形を模索していく必要がいっそう認識される。今を生きる私たちが、ドイツの歴史から何を学べるかを考えながら、本書を手に取っていただけるようであれば嬉しく思う。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 川喜田 敦子 / 2020)

本の目次

序  章
第1章 「追放」の前史―国民国家形成と住民移動
第2章 第二次世界大戦の戦後処理と住民移動
第3章 統合からタブー化へ―東ドイツの「移住民」
第4章 ナチズム後の国民の再定義―西ドイツにおける法的同権化
第5章 戦後の経済復興と社会再編―西ドイツにおける社会的・経済的統合
第6章 領土喪失後の回復要求―西ドイツにおける政治的統合
第7章 「追放」と統合をめぐる研究プロジェクト
第8章 失われた「東方」と被追放民の文化保護
第9章 冷戦下の東西分断と被追放民問題
第10章 ナチの過去との対峙と被追放民問題
第11章 変容する意識―1960年代に向けた変化
終   章 20世紀史のなかの「追放」

関連情報

受賞:
日本ドイツ学会奨励賞受賞 (2020年6月)
http://www.jgd.sakura.ne.jp/syoureisyoukiroku.htm
 
受賞のお知らせ (東京大学ホームページ)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0109_00388.html
 
関連記事:
研究: 川喜田敦子「ドイツでの研究滞在をふりかえって」 (Chuo Online 2020年3月5日)
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20200305.php
 
書評:
山本明代 評 (『東欧史研究』第43号 2021年3月)
https://sites.google.com/site/tououshi/journal
 
高橋秀寿 評  (『西洋史学論集』57号、43-46頁 2020年)
 
篠原琢 評 (『東欧史研究』42号、30-39頁 2020年)
 
辻河典子 評「[書評]現代史における「被害」・「犠牲」の記憶形成と国民統合:川喜田敦子『東欧からのドイツ人の「追放」―20世紀の住民移動の歴史のなかで』(白水社、2019年) を手がかりに」 (『エスニック・マイノリティ研究』Vol.3、9-15頁 2019年)
 
増田幸弘 評「「被追放民」を通じてドイツの戦後史を解き明かす」 (『図書新聞』3427号 2019年12月14日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3427
 
水野博子 評「「非追放民」の「統合」課程を多角的に分析 背後に潜む国民国家イデオロギー」 (『週間読書人』 2019年07月12日)
https://dokushojin.stores.jp/items/5ee7084f1829cd618e918a62
 
蘭信三 評「東欧からのドイツ人の「追放」 川喜田敦子著 20世紀の住民移動史を描き出す」 (『しんぶん赤旗』 2019年06月16日)
 
講演会・講座:
記憶 ― 共に生きる未来のために~ドイツ人にとっての「被害」の語りから考える│ドイツ国際支援基金助成事業◇記憶の文化を育む (7) 最終回 (NPO法人ホロコースト教育資料センター/ 2020年12月26日)
https://kokoro20201226.peatix.com/?lang=ja
 
戦後処理と歴史認識【第3回】ドイツの戦後処理と歴史認識 東京大学准教授 川喜田敦子 (朝日カルチャーセンター 2020年11月11日)
https://www.asahiculture.jp/course/yokohama/18418a96-40d2-8223-4b1f-5f17b22cd9d6

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