東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

自転車の荷台に乗った子供の写真

書籍名

草の根の中国 村落ガバナンスと資源循環

著者名

田原 史起

判型など

306ぺージ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年8月23日

ISBN コード

978-4-13-030212-8

出版社

東京大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

草の根の中国

英語版ページ指定

英語ページを見る

中国の農村と聞くと、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。おそらくは、大発展を遂げた都市部の陰で取り残され、戸籍制度によって差別され、貧困にあえぎ、時には陳情、暴動が発生し、農民工として3K労働に耐え、村には留守児童が取り残されるなど、多くの人が「悲惨な」農村イメージを持っているのではないでしょうか。こうしたイメージは、私たち外国人がしばしば耳にする、中国農村が語られる際のお決まりの語り口に結びついています。また中国都市部の学者たちが国内の農村を研究する際には、政府のいうところの「三農問題」が農村を見る際の主なフレームとなります。そこでは都市と農村の経済的格差こそが中国の問題であるとされ、格差を縮小することこそが問題解決のための近道だとして、声高に様々な政策提言が行われています。しかし、これらの議論の中に、当事者である農民の声は聞こえてくるでしょうか?
 
『草の根の中国』は、こうした外側からの視線を相対化して、草の根レベルの内部目線から中国社会をとらえ直す試みです。そのために、懐の深い社会の分厚い末端部分をなしている農村の根っこの部分にまで分け入っていきます。この本が執筆されるまで、筆者は20年近く、「定点観測」の手法で中国の村々を繰り返し訪れ、フィールド・ワークを続けてきました。農家に住み込み、食事を共にし、あぜ道を歩き回り、オンドルの上でお喋りをしながら、中国農村に住む人々の等身大の姿を理解し、その生活の内在的ロジック迫りたいと考えてきました。一見して自分勝手でバラバラに見える農民たちは、互いに見栄を張りあい、ライバル意識を持ちつつも、ここぞというときには互いに協力し合い、あるいは団結さえして、日常生活で生じてくる様々な問題を組織的に解決していきます。農地の灌漑、道路づくり、学校の設立、宗教施設の設置などの共同的活動を本書では「村落ガバナンス」と呼び、農村のリーダーや住民たちがその時々で利用可能な「資源」を探し出し、臨機応変に組み合わせ、それらを循環させることで諸問題を解決している点を具体的な事例で描き出しました。また、そうした農民たちの融通無碍な生き様の背景には、中国農村が歩んできた革命と社会主義の歴史が隠れている点も、本書は折に触れ説明しています。さらに、このような中国農村の個性をつかむために、同じ「地域大国」であるロシアやインドの農村での筆者自身のフィールド・ワークの経験をふまえ、比較の視点からアプローチしている点も本書の大きな特徴の一つです。
 
総じて、『草の根の中国』は地域(文化)研究のアプローチを愚直に実践した書だと思っています。例えば公共的な問題の解決において、「キチンと」「制度的手続きを踏んで」解決することに馴染んでいる私たち外部者の目には、彼らの「ガバナンス」はあまりに状況的で自由すぎるものと映ります。私たちは、すぐに批判がましい論断を下して議論を終わりにしがちですが、そこで思考を停止させず、さらに一歩踏み込む必要があります。対象地域の内在的文脈を理解し、なぜそのような現象が起こっているのか、その背景の説明に徹するのが、地域研究という学問の流儀なのだと思います。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 田原 史起 / 2020)

本の目次

序 章 草の根から中国を理解する

第1章 「譲らない」理由――農民の行動ロジックの変遷
はじめに
第一節 「日常的抵抗」の時代
第二節 出稼ぎ経済の浸透
第三節 抵抗から権益主張へ
むすび
 
第2章 「つながり」から「まとまり」へ――村落ガバナンスとその資源
はじめに
第一節 村落
第二節 ガバナンス
第三節 資源
むすび

第3章 社会主義農村の優等生――山東果村
はじめに
第一節 農家経済とコミュニティ
第二節 灌漑ガバナンス
第三節 飲水ガバナンス
第四節 定期市ガバナンス
むすび

第4章 出稼ぎと公共生活の簡略化――江西花村
はじめに
第一節 農家経済とコミュニティ
第二節 簡略化されるガバナンス
第三節 道路ガバナンス
第四節 「つながり」ベースと「まとまり」ベース
むすび

第5章 人材流出と資源獲得――貴州石村
はじめに
第一節 農家経済とコミュニティ
第二節 道路ガバナンス
第三節 教育ガバナンス
第四節 埋葬ガバナンス
第五節 文化ガバナンス
むすび

第6章 小さな資源の地域内循環――甘粛麦村
はじめに
第一節 農家経済とコミュニティ
第二節 人民公社期のガバナンス
第三節 道路ガバナンス
第四節 宗教ガバナンス
第五節 飲水ガバナンス
第六節 「資源」としての人民公社時代
むすび

第7章 比較村落ガバナンス論
はじめに
第一節 領域間比較
第二節 地域間比較
第三節 資源循環モデル
むすび

終 章 草の根からの啓示
はじめに
第一節 村落ガバナンスの先進諸国 
第二節 「つながり」と「まとまり」のコントラスト
第三節 「公平さ」のダブル・スタンダード
第四節 脱政治化
むすび
 

関連情報

受賞:
第32回アジア・太平洋賞 大賞 (一般社団法人アジア調査会 2020年11月17日)
http://www.aarc.or.jp/apshow.html
 
第10回 (2020年度) 地域研究コンソーシアム賞 研究作品賞 (地域研究コンソーシアム 2020年10月12日)
http://www.jcas.jp/jcas2020.html
 
書評:
山本 真 評 「中国農村における社会結合について―田原史起著『草の根の中国―村落ガバナンスと資源循環』から考える」 (『アジア研究』2020年66巻3号p.128-137 2020年7月31日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/asianstudies/66/3/66_128/_article/-char/ja/
 
河野 正 評 田原史起著『草の根の中国―村落ガバナンスと資源循環 (『中国研究月報』No.869 2020年7月)
https://www.institute-of-chinese-affairs.com/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%9C%88%E5%A0%B1
 
山田七絵 評 「等身大の農村社会の姿を浮き彫りにする――著者の二十年以上にわたる中国農村研究の集大成」 (『図書新聞』第3437号 2020年2月29日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3437
 
中西 徹 評 <本の棚> 田原史起 著 『草の根の中国 ─村落ガバナンスと資源循環』 (『東京大学教養学部報』第616号 2020年2月3日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/616/open/616-02-3.html
 
梶谷 懐 (神戸大学教授) 評 (『外交』Vol.59 2020年1月31日)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/gaikou/vol59.html
 
市川紘司 評 「ガバナンスの一形態として建築を見る視点」 (「建築討論」 2019年11月2日)
https://medium.com/kenchikutouron/%E7%94%B0%E5%8E%9F%E5%8F%B2%E8%A8%98%E8%91%97-%E8%8D%89%E3%81%AE%E6%A0%B9%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%9B%BD-%E6%9D%91%E8%90%BD%E3%82%AC%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%A8%E8%B3%87%E6%BA%90%E5%BE%AA%E7%92%B0-b99f31f924c2

このページを読んだ人は、こんなページも見ています