東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に中国農村の家の写真

書籍名

中国はここにある 貧しき人々のむれ

著者名

梁鴻 (著)、 鈴木 将久、 河村 昌子、杉村 安幾子 (訳)

判型など

312ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2018年9月25日

ISBN コード

978-4-622-08721-2

出版社

みすず書房

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中国はここにある

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中国の農村が大きな問題を抱えていることは、日本でも良く知られているだろう。日本のメディアでも、生活の貧しさや、政治的な不公正など、多くの問題が語られている。本書は中国の農村の現状を、社会科学的な観察ではなく、ノンフィクション文学の形で表現しようとしたものである。
 
本書に描かれている農村の姿は凄惨である。古い家屋がうち捨てられて廃墟と化し、かつて活気のあった小学校が廃校となり、子供たちは将来の夢を感じられず、家庭生活が分裂し、農村のコミュニティも機能しなくなりつつある。しかし本書が他の類書と異なるのは、それを分かりやすい論理で整理することを避け、できるかぎり農村自身の視点から描こうとしたところにある。
 
そのため本書は、第一に、中国の農村で生きる人々の感覚に沿うことを心がけた。たとえば海外メディアの報道は、外から見た観察としては正しいかもしれないが、必ずしも農村の人々の感覚と一致しているとは限らない。農村の人々は何を問題と感じ、どのようなことを考えているのか。生活の何が苦しくて、どうしようと思っているのか。それを農村の人々の感覚として描き出すのが本書の第一の狙いである。
 
しかしそれだけでは足りない。農村に生きる人々の立場に立つならば、さらに彼らの世界観の全体像を描き出すことが求められる。海外の市民や中国でも都市の住民は、往々にして中国農村の人々の世界観を「遅れたもの」と見下す。しかし彼らの世界観は、農村の生活と有機的につながっていて、そこにはある種の合理性があるかもしれない。彼らの世界観を一つの全体として有機的に捉えること、それが本書の第二の狙いになる。
 
そこまで考えたとき、農村の感覚に沿って語るということ自体がはらむはかりしれない難しさが明らかになる。自分では農村に生きる人々の立場から語っているつもりでも、それはほんとうに彼らの世界観に合致しているのだろうか。常に自問自答せざるを得なくなる。
 
本書の著者である梁鴻氏は、河南省の貧しい農村出身で、現在は北京で大学教員をしている。彼女は故郷に戻り、故郷の農民にインタビューを行い、それをもとに本書を執筆した。彼女は子供のころ農村生活を体験しているが、しかし自分がすでに都市の感覚を身につけていることも自覚している。彼女はジレンマを抱えながら、容易に入ることのできない農民の世界に少しでも近づこうと、果てしない努力をつづける。
 
それゆえ読者は、本書の叙述をたどることで、中国農村に生きる人々の声なき声に耳を傾ける努力を追体験し、そのことの難しさをくり返し感じとることが可能になる。本書を読むことは、中国の農村の凄惨な現状を知ることだけを意味するのではない。同時に、それを見る「私たち」自身が揺り動かされる体験をも意味する。そのような力を持っているからこそ、本書は中国で大きな感動を呼び、また日本の読者にも響くのだと思われる。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 鈴木 将久 / 2019)

本の目次

まえがき
第一章 私の故郷は梁庄
第二章 活気あふれる「廃墟」の村
第三章 子供を救え
第四章 故郷を離れる若者たち
第五章 大人になった閏土
第六章 孤立する農村政治
第七章 「新道徳」の憂い
第八章 故郷はいずこに
あとがき
訳者あとがき
 

関連情報

[オンライン公開] 訳者あとがき全文 (訳者を代表して 鈴木 将久 2018)
https://www.msz.co.jp/topics/08721/
 
講演会:
梁鴻氏来日講演会「廃墟と新生が織りなす中国の農村」 (東京大学本郷キャンパス 2018年12月7日)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/chubun/wp-content/uploads/2018/11/%E6%A2%81%E9%B4%BB%E5%85%88%E7%94%9F%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC.pdf
 
書評:
早坂俊廣 教員BLOG (信州大学|人文学部ホームページ 2019年3月5日)
https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/arts/prof/hayasaka_1/2019/03/129824.php
 
司書のおすすめ資料 第464回 近代化の矛盾に苦しむ中国の農村 (神戸市外国語大学 2019年2月22日)
http://www.kobe-cufs.ac.jp/library/recommend/materials/464.html
 
梁鴻『中国はここにある 貧しき人々のむれ』 (Free Paper WG Official Web 2019年1月13日)
http://www.freepaper-wg.com/archives/18058
 
保阪正康 評「荒廃する農村 奥底の感情描く」 (『朝日新聞』2018年12月1日)
https://book.asahi.com/article/11982111
 
ブレイディみかこの読書日記「故郷で取材する著者 ためらいを経て確信へ」 (エコノミストOnline 2018年11月26日)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20181204/se1/00m/020/021000c
 
阿古智子「せめぎ合う文化 崩壊する村」 (『日本経済新聞』 2018年11月10日)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO37576930Z01C18A1MY5000/
 
西槇偉「経済発展で衰退する農村」 (『熊本日日新聞』 2018年10月28日)
 
受賞 (原著『中国在梁庄』):
第11回華語文学伝媒大賞「年度散文家」賞、2010年度人民文学賞、2010年度新京報文学類好書、第7回文津図書賞、2013年度中国好書受賞
 

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