東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

香港の街の様子の写真がちりばめられた表紙

書籍名

誰も知らない香港現代思想史

著者名

羅 永生 (著)、丸川 哲史、 鈴木 将久、 羽根 次郎 (編訳)

判型など

360ページ、四六判、並製

言語

日本語

発行年月日

2015年8月

ISBN コード

978-4-907986-09-4

出版社

共和国

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誰も知らない香港現代思想史

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香港という地名は誰でもご存じでしょう。しかし日本で暮らしている人間が香港を真の意味で理解するのは、とても難しいことです。その理由は、簡単に言えば、香港の歴史が複雑で日本とはまったく異なるからですが、もう少し正確に言うと、香港の歴史の複雑さは、日本の歴史を基軸として考えるかぎり、ほとんど想像できないものだからです。香港を考えるために重要なことが、日本では経験されなかったのみならず、概念として考えられたことすらありません。
 
香港というとアジアにおける金融の中心地、あるいは商業都市としてよく知られ、近年は雨傘運動などの政治活動でも注目を集めています。しかしなぜ金融都市となったのでしょうか。あるいはなぜ近年急に政治運動が盛り上がったのでしょうか。政治と経済が分裂して先鋭化しているのでしょうか。それとも両者のあいだには内在的な関係があるのでしょうか。こうしたことを考える手がかりとして、思想のレベルにおいて香港の歴史をたどり直そうとしたのが、本書の試みです。
 
筆者の羅永生氏は、香港においてカルチュラル・スタディーズの立場から思想と実践の活動をしています。この本が出版されたときには嶺南大学の教員でしたが、その後大学を辞め、在野の立場で思想を基盤とした実践活動を展開しています。
 
羅永生氏によると、香港の歴史を思想として理解するための鍵はイギリスによる植民地統治です。イギリスの植民地統治、とくに香港で二〇世紀後半に行われた植民地統治は、間接統治というべきもので、イギリス人と上流階級の華人が結託して行う共犯的統治だったと言います。イギリス人は上流華人に一定の権限を与え、経済的な成功を「近代化」として崇高な目標にしました。上流華人たちは、その目標を追求することで、近代人になったと感じることができました。しかしそれはイギリスの植民地統治の枠内において許される限定的な「成功」でしかありませんでした。
 
羅永生氏がそれに対して求めるのは、香港で生きる人々の主体性の確立です。ただし主体性と言っても、排他的なアイデンティティのことを指すのではなく、まして香港独立を求めるのではありません。彼が求めるのは、植民地意識を脱して、自分のコミュニティのことに自分で責任を持つ意識を持つことです。
 
植民地統治を軸として香港の思想と歴史を考えるのは、羅永生氏独自の視点と言うべきもので、必ずしも香港の歴史を説明する唯一の見方ではありません。とはいえ本書は、香港を考えるための、日本の経験とはまったく異なる一つの軸を提供してくれます。香港の歴史と現在を、香港の経験に即して思索するための手がかりになるでしょう。
 
なお本書は、日本の読者に向けて編者が特別に編集した日本オリジナル論集です。本書を手に取り、東アジアの多様な思想に触れることの知的な刺激を味わってもらえたら何よりです。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 鈴木 将久 / 2018)

本の目次

はじめに
 
【第1章】
香港現代思想史──「本土意識」の歩み
 
【第2章】
冷戦下の脱植民地化香港──「中文公用語化運動」の詳論
六〇、七〇年代香港の返還言説
 
【第3章】
七・一をふりかえる──市民共和のポストコロニアルな主体性の議論とともに
香港は「国民教育運動に従わない」
勇士の凱旋に際して保釣をふりかえる
コンセンサスが崩れた新選挙文化
 
【第4章】
バーチャル・リベラリズムの終結
植民地主義一つの見失われた視野
主体性をもった本土性に向けて
 
香港現代史略年表
 
解説 方法としての香港 (丸川哲史)
 

関連情報

著者インタビュー:
闘いは続く――植民地主義から脱出する方法とは何か (図書新聞3223号 2015年9月12日)
羅永生氏インタビュー (聞き手・池上善彦氏)
https://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun_3223.html
 
書評:
本橋哲也 (東京経済大学教員・カルチュラル・スタディーズ専攻) 評 (週刊読書人 2015年10月30日)
中村元哉 (津田塾大学教授) 評 (日本経済新聞 2015年10月4日)
(東京新聞/中日新聞 2015年9月27日)
 

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