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茶色い表紙

書籍名

家をつくる

著者名

王 澍 (著)、市川 紘司、 鈴木 将久、 松本 康隆 (訳)

判型など

372ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年6月16日

ISBN コード

978-4-622-09009-0

出版社

みすず書房

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家をつくる

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本書は中国の建築家王澍の著書『造房子』の日本語翻訳である。王澍は中国人としてはじめて、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞した。彼の建築は、肌触りを通じて歴史を想起させるといわれるスタイルで、まぎれもなく中国的でありながら、中国の文脈に密着することで、むしろ普遍的な方向性を指し示している。おそらくそのため、世界の建築界で名を知られている。本書は、王澍が様々な場で書いたエッセイのほか、対談などを含み、現在にいたるまでの経歴、彼の建築の中心にある思考など、いわば王澍の建築思想の全貌が見えるものになっている。
 
王澍の建築思想の根底にあるのは、彼自身の言によれば、中国の伝統的文人の世界である。彼は中国の伝統的文人の精神世界を手に入れ、山水画にあるような世界、あるいは伝統的庭園のような空間を生み出す建築を目標にしている。その目標は、一言でいうならば、人間中心の世界観に代えて、人と自然が融合した空間をつくることであった。そのため、たとえば大学のキャンパスを造成する際にもとからあった山を意図的に残したり、建築の材料としてあえて廃品を再利用したり、伝統的な職人の技を導入して手作りによる造成を試みたり、利用する人間が身体性を意識できるように必ずしも便利でない配置をしたりする。本書には代表的建築の写真も収められており、建築思想がどのように具現化されているかを見ることができる。
 
本書の興味深い点は、そのような思想を語るだけでなく、自分自身の経歴を語っていることである。幼い頃の祖父との関係、子供の頃の文化大革命の体験なども興味をそそるエピソードだが、なによりも注目に値するのは、1980年代に大学に入ったあとの経験である。彼は80年代の大学で反逆の精神を手に入れたという。それはちょうど文化大革命が終わり、中国において知的価値観が大変動をとげている時期であった。そして卒業後は、中国が経済発展をはじめ建築の大型プロジェクトが立ち上げられるなか、反逆の精神を発揮して建築の主流に背を向け、自然と融合するような生活に近づいたという。彼の経歴は、80年代以来中国が振幅の大きな変化をとげてきたプロセスを、独特の形で示している。
 
そのような経歴があるからこそ、王澍は中国の文脈に即しながら、普遍的な想像力を発揮しえたのだと思われる。中国の伝統的文人の世界を称揚する彼の言説は、表面的に見ると、国際的な経済力を背景にして文化的にも中国伝統思想の優位性を主張する現在の中国政府の方向性と一致しているように見える。しかし本書をよく読めば、それとはまったく異なることが分かるだろう。彼が行っているのは、主流の思考に反逆して、足元の歴史と手触りを徹底的に深めることで、これまで常識とされてきた思考と異なる発想を生み出すこと、普遍的に人々の思考を触発する新しい発想を提起することである。本書を通じて、中国発の新しい想像力に触れてもらえたら何よりである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 鈴木 将久 / 2022)

本の目次

自序 素朴を家となす
 
意識
園林をつくること、人を育てること
自然形態の叙事と幾何学
虚構の都市に向かって
「空間」が立ち現れるとき
営造についての瑣記
循環的建造の詩学――自然のような世界の構築に向けて
対岸の山を訪ねて――豊かな差異性を集合する建築の類型学
断面からの視野――上海万博滕頭案例館について
かつて貶められた世界が再び立ち現れるために
樹石の世界へ
 
言語
中国美術学院象山キャンパス
寧波美術館――その場所に立つことで見えるもの
中山路――一本の街道の復興と一つの都市の復興
 
対話
反逆の道程
別の世界の縁に触れる
精神の山水
自然に還る道
問答録 人ひとりにはどれくらいの大きさの家が必要か?
 
あの日
 
訳者解題 (市川紘司)
作品譜

関連情報

書評:
林憲吾 評「揮毫の建築家」 (建築討論 2021年10月6日)
https://medium.com/kenchikutouron/%E7%8E%8B%E6%BE%8D%E8%91%97-%E5%AE%B6%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B-d3a0f790cafe
 
阿古智子 評「自然に学び 対話を重ねた創造」 (朝日新聞 2021年9月4日)
https://book.asahi.com/article/14432820
 
書籍紹介:
[Penが選んだ、今月の読むべき1冊]「中国を代表する建築家が綴る、自らの設計と建築への思い『家をつくる』」 (Pen online 2021年9月13日)
https://www.pen-online.jp/article/008890.html
 
[動画]「王澍とプリツカー賞──邦訳書『家をつくる』刊行間近! 訳者による建築作品(ほぼ)オールレビュー」 (シラス [建築系勝手メディアver.3.0] 2021年5月26日)
https://shirasu.io/t/kenchiku/c/kenchiku/p/20210526
 
特集記事:
「建築家、再考──王澍の反全球的中国建築」 (10+1 website 2012年8月)
https://www.10plus1.jp/monthly/2012/08/

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