東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白、グレーの表紙に赤トーンの人物写真

書籍名

過去に触れる 歴史経験・写真・サスペンス

著者名

田中 純

判型など

620ページ、A5判、並製

言語

日本語

発行年月日

2016年4月15日

ISBN コード

978-4-904702-60-4

出版社

羽鳥書店

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過去に触れる

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「過去に触れる」-- そんな経験がたしかにあると、この書物でわたしは、その実感から出発しようと思った。本書はそうした「歴史経験」を解明するために、とりわけ写真を通した過去との接触という出来事に着目し、さらに、その経験を伝達する歴史叙述のあり方を、「サスペンス」の原理のうちに探究した書物である。
 
歴史経験を直接取り上げるに先立ち、本書の序には、2011年3月の東日本大震災と福島原子力発電所事故に際して書かれた文章が集められている。これは、危機の瞬間だからこそ閃いた過去のイメージとの遭遇がそこにはあったからである。
 
本書が問題にしようとする歴史経験は、情報や知識ではなく、何よりもまず身体を通じた感覚的経験である。情動と深く結びついたこのような歴史経験は、歴史理論において近年さかんに論じられているテーマであり、本書ではそうした理論を概観したうえで、思想史家・橋川文三と建築家ダニエル・リベスキンドの歴史経験を事例として検討し、さらにアーカイヴ調査におけるわたし自身の経験の自己分析を試みている。
 
「過去に触れる」経験の媒体として、本書でとくに焦点を絞って考察の対象としたのが写真である。これは、写真が過去の実在を端的に確証する物体として、19世紀半ば以降の歴史経験を深く規定しているからである。具体的には、アウシュヴィッツ第二強制収容所 (ビルケナウ) で隠し撮りされた4枚の写真と、広島に原爆が投下された日に撮影された被爆地の写真5枚という、いずれも極限状況下で撮られた写真を取り上げ、写真を通してこうした限界的経験の場に接近することの可能性と倫理的問題を論じている。
 
本書はさらに、作中に写真図版を多用する手法で知られる作家W・G・ゼーバルトの作品と彼の文学観の関係、優れた写真論『明るい部屋』を著わしたロラン・バルトの思想における写真と歴史の相互作用などを通して、「過去に触れる」経験を与える歴史叙述のあり方を考察している。その分析過程で見出されるのが、映画や文学の「サスペンス」というジャンルを成り立たせている張り詰めた時間性の構造が歴史叙述においてもつ重要性である。本書はこの「サスペンス」の構造を、クリント・イーストウッド監督の映画『チェンジリング』から三部けいの漫画『僕だけがいない街』にいたるまで、さまざまな作品のうちに探っている。
 
以上の考察は、ヴァルター・ベンヤミンと多木浩二という二人の歴史哲学者における歴史経験、写真、歴史叙述の相互関係をめぐる分析を通じて総括され、固有の歴史経験に根ざした歴史叙述者の身体性や身振りの特性があぶり出されたうえで、歴史における「希望」とは何かという主題に収斂させられる。結論として、この「歴史における希望」というテーマを核とし、本書全体を10のテーゼに凝縮してまとめている。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 田中 純 / 2016)

本の目次

はじめに
序 危機の時間、二〇一一年三月
第1章 歴史の無気味さ - 堀田善衞『方丈記私記』
第2章 鳥のさえずり - 震災と宮沢賢治ボット
第3章 渚にて -「トポフィリ - 夢想の空間」展に寄せて
第4章 希望の寓意 -「パンドラの匣」と「歴史の天使」

I 歴史の経験
第1章 過去に触れる - 歴史経験の諸相
 1. ホイジンガの秋、ヴァールブルクのニンフ
 2. フランク・アンカースミットの歴史経験論
 3. H・U・グンブレヒト『一九二六年に』と過去の現前
 4. エルコ・ルニアによる歴史のメトニミー論
 5. 歴史という遊び
第2章 アーシアを探して - アーカイヴの旅
 1. 死者たちへの負債 - 過去を物語る倫理
 2. 夢のなかの赤い旗 -「名」を求めて
 3. ハデスの吐息 - ミュンヘンからローマへ
 4. 二十世紀のディアスポラ - ソロヴェイチクとタンネンバウムの場合
 5. アーカイヴの魅惑 - 写字生であること
第3章 半存在という種族 - 橋川文三と「歴史」
 1. 巨人族たち - その面影と系譜
 2. 半存在の見た「歴史」- 戦中派の歴史経験
 3. 虚妄の狭間で -「野戦攻城」の果て
第4章 いまだ生まれざるものの痕跡 - ダニエル・リベスキンドとユダヤ的伝統の経験
 1. 幹のない接ぎ木
 2. 歴史の身体 = 文字 = 建築
 3. 指標としての空虚
 4. 限りなき敷居
 5. 砂漠の音楽として

II 極限状況下の写真
第1章 剥ぎ取られたイメージ - アウシュヴィッツ = ビルケナウ訪問記
第2章 歴史の症候 - ジョルジュ・ディディ = ユベルマン『イメージ、それでもなお』
 1. 「すべて」に抗して - イメージの場所/非場所
 2. 歴史の症候学/症状 - ギンズブルグとディディ=ユベルマン
 3. 歴史における抑圧 - モンタージュの「脆さ」
 4. 「贖い」の倫理へ - 希望のドラマトゥルギー
第3章 イメージのパラタクシス - 一九四五年八月六日広島、松重美人の写真
 1. 「五枚の写真」の謎 - 松重は何を撮影したのか
 2. 「原爆 = 写真」論批判 - モンタージュと絶対的イメージ
 3. 写真の「彼方」へ - パラタクシスの「点滅」

III 歴史叙述のサスペンス
第1章 迷い蛾の光跡 - W・G・ゼーバルトの散文作品における博物誌・写真・復元
 1. 摩滅の博物誌 - 古写真の光、絹紗のテクスト
 2. 迷い子の写真たち (ストレイ・フォトグラフス) -「復元」としての「歴史の構築」
 3. 流氓のアーカイヴ - テクスト外への漂流
第2章 歴史素としての写真 - ロラン・バルトにおける写真と歴史
 1. 『明るい部屋』のサスペンス -「温室の写真」のアナモルフォーズ
 2. 歴史素のエピクロス的原子論 -「愛の抗議」としての歴史
第3章 歴史小説の抗争 -『HHhH』対『慈しみの女神たち』
 1. 歴史に忠実に、しかし、歴史の必然に抗して - ローラン・ビネ『HHhH』の倫理
 2. 歴史とフィクションの狭間 - ジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』の審美主義
第4章 サスペンスの構造と歴史叙述 -『チェンジリング』『僕だけがいない街』『ドラ・ブリュデール』
 1. サスペンスという希望 - 映画から歴史叙述へ
 2. 失踪した子供たちの秘密 - 通過儀礼のサスペンス
第5章 歴史という盲目の旅 - 畠山直哉『気仙川』を読む

IV 歴史叙述者たちの身振り
第1章 歴史の現像 - ヴァルター・ベンヤミンにおける写真のメタモルフォーゼ
 1. 「まったく書かれなかったものを読む」
 2. 「歪められた生」の肖像
 3. 歴史 / 写真における希望
第2章 記憶の色 - ヴァルター・ベンヤミンと牛腸茂雄の身振りを通して
 1. キンポウゲを摘むベンヤミン - ジゼル・フロイントの一枚の写真について
 2. 日常の周縁に揺曳するもの - 牛腸茂雄『見慣れた街の中で』
第3章 「歴史の場 (ヒストリカル・フィールド)」の航海者 -「写真家」多木浩二
 1. 視線のアルケオロジーから歴史の無意識へ
 2. ヒストリカル・フィールドの溺死者たち
 3. 盲目の船乗り / 写真家の身振り

結論 歴史における希望のための十のテーゼ


初出一覧
書誌・フィルモグラフィ
図版一覧
人名索引
事項索引

関連情報

書評:
三浦哲哉氏 評『表象文化論学会ニューズレターREPRE』No.28掲載
http://repre.org/repre/vol28/books/01/09.php
 
著者作成によるコメント付き関連書籍リスト:
http://before-and-afterimages.jp/news2009/2016/04/post-227.html
http://before-and-afterimages.jp/news2009/2016/04/post-228.html
 
著者提供による人名索引項目 (校正段階ヴァージョン):
http://before-and-afterimages.jp/news2009/2016/04/post-230.html
 
著者による関連ツイートまとめ:
https://twitter.com/i/moments/792174875951570944
 

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