2008年、赤門の隣という本郷キャンパスの <際> に、建築家の安藤忠雄氏設計による「情報学環・福武ホール」が竣工した。本書は、「情報学環・福武ホール」の竣工をきっかけに、同ホールを舞台として、学際情報学府と工学系研究科の大学院生たちの横のつながりからボトムアップ的に企画された <建築の際> という連続シンポジウムの記録である。
シンポジウムは、「建築家 X 異分野の専門家×情報学環教員」のゲストの組み合わせで実施した。登壇した建築家は、錚々たる顔ぶれであり、異分野の専門家も、第一線で活躍する劇作家、音楽家、映画監督、生物学者、数学者など多彩である。
<建築の際> では、大学院生たちが、ゲストの選定、テーマの設定、アトリエや研究室への事前取材、プログラム作成、当日の司会進行・問題提起、レポート記事執筆 (『新建築』誌で連載) までの一連のプロセスすべてを担った。
<建築の際>というタイトルにある <際> という日本語は、英語ではborder (境界)、edge (端・鋭さ)、frontier (先端)、limit (限界)、verge (縁・へり) などの多義性を持っている。本書においても、文脈に応じて、<際> の意味を使い分けている。<際> では、互いに異質なものが接合し、異種交配を起こしながら、新たな線やまとまりが生み出される。本書は、各章の議論を通じて、それぞれの <際> の諸相から、新たな建築の道すじを照らし出そうとした思考 / 試行の軌跡である。
建築は、接点のない学問分野がないといえるほど、多領域を横断する雑多性を兼ね備えている。そして、建築的思考とは、その多領域を横断する雑多性を、新たなカタチに統合していく術としてある。それは、必ずしも建築物に収斂する、狭義の設計のみを指すものではない。
本書では、この建築的思考に立脚し、隣接する分野との共通点と差異に着目しながら、建築の固有性や可能性を追求している。つまりは、既存の建築の専門領域のあり方を自明視するのではなく、振舞い、形式、映像、空間、生命などの次元から、建築という枠組みを問い直し、複数の異分野との衝突による相対化を繰り返すことによって、建築とは何かという問いやその射程に迫っている。
各章には、付録としてキーワード解説とブックガイドを掲載した。これらの付録を活用し、各章で議論された内容の背後に広がる知の水脈に触れてもらいたい。また学生の読者にとって、本書は、大学という場を積極的に活用し、ボトムアップ型の企画を実践していくうえでの参照点となるにちがいない。
(紹介文執筆者: 情報学環 教授 吉見 俊哉 / 2018)
本の目次
論考 「建築の際からの思考 / 試行」南後由和
第1章 歴史 / 身体 / 言語
アジアの際 隈 研吾 + 藤森照信 + 姜 尚中
振舞の際 山本理顕 + 野田秀樹 + 山内祐平
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インタヴュー 藤森照信、隈 研吾、山本理顕
第2章 メディア / 差異 / 両義性
形式の際 青木 淳 + 菊地成孔 + 岡田 猛
映像の際 鈴木了二 + 黒沢 清 + 田中 純
10KEYWORDS/10BOOK REVIEWS
インタヴュー 青木 淳、鈴木了二
第3章 アナロジー / 経験 / 幾何学
生命の際 伊東豊雄 + 福岡伸一 + 佐倉 統
空間の際 原 広司 + 松本幸夫 + 暦本純一
10KEYWORDS/10BOOK REVIEWS
インタヴュー 伊東豊雄、原 広司
第4章 アーカイヴ / 学際性 / キュレーション
知の際 磯崎 新 + 石田英敬 + 南後由和
5KEYWORDS/5BOOK REVIEWS
Appendix 際からの建築 松山秀明 / 難波阿丹 / 阿部 純
「建築の際」を知るための年表 柳井良文
あとがき・謝辞 南後由和