デジタル・スタディーズ1 メディア哲学
20世紀はメディア・スタディーズの勃興期だった。
19世紀に写真、電信、電話、フォノグラフの発明に始まったメディアとコミュニケーションのテクノロジー化が、人間文明を大幅に書き換え、大衆社会が出現し、世論が政治を動かし、集団心理を操るプロパガンダや広告マーケティングが発達する。文明の大変容にともなって、メディア研究の学際的なフロンティアが拡がり、人間、文化、社会を研究するために、人文学、社会理論、情報理論などの多様な研究が次々に花開いた。現在では、ナノ工学、計算機学から脳神経科学まで、法学、経済学から、文化研究、社会理論、芸術学まで、文科系理科系を問わず、あらゆる学問分野が、メディアの研究に関わっているともいえる。
他方で、文字、本、活字の歴史を考えれば容易に分かるように、 メディアとは、人類の知識技術であり、<知> の伝播と保存の手段である。20世紀にメディア・スタディーズが浮上したのは、M・マクルーハンが「グーテンベルクの銀河系」と呼んだ活字を基礎とした近代の文明圏が、自明性を失ったからである。活字本と新聞によって知が編成される文明圏から、それ以後のメディアによっても知が生成し、認識が生み出され、文化が編成を受ける文明圏へと移行した。20世紀に興隆した、メディア・スタディーズは 〈知〉 の成立条件についての認識論的、存在論的な問いを必然的に伴っている。
本シリーズの編者たちは、2007年にメディア・スタディーズの世界的理論家たちを集めて東京大学大学院情報学環国際シンポジウム「ユビキタス・メディア - アジアからのパラダイム創成」を開催した。21世紀の初めの時点で、「遍在化する (ユビキタス) メディア」についてどのような認識を持つことができるのか。デジタル・メディア時代の <メディアの知> のパラダイムを探ろうとしたのである。
「デジタル・スタディーズ1 メディアの哲学」として、デジタル化時代のメディア・スタディーズの出発点に位置づけられるそれらの主要な理論家たちの論考を揃えた。新しい <メディアの知> を切り拓くことができるのか、そのマニフェストがこの巻である。
メディア・スタディーズは20世紀のアナログ革命を契機として生まれ、活字メディアを基礎としてきたそれまでの近代の知を根本的に問い直す役割を担った。21世紀初頭の現在、コンピュータの発達によって進行した第二のメディア革命である <デジタル革命> は、比較にならない規模で、人間文明を根底から揺さぶっている。<デジタル・スタディーズ> とは、デジタル・メディアが遍在化した文明の研究である同時に、<知のデジタル転回> の認識パラダイムを提示しようとするものである。
現代を代表する最高峰のメディア理論家たちによる、デジタル時代の「メディア哲学」への導入の書である。
(紹介文執筆者: 情報学環 教授 石田 英敬 / 2016)
本の目次
第1部 メディア・オントロジー
第1章 フィクションと「表象不可能性」:あらゆる映画は,無声映画の一形態でしかない (蓮實重彦)
第2章 メディアの存在論に向けて (フリードリヒ・キットラー / 大宮勘一郎 訳)
[対話コラム1] 眼と耳 / 映像と音 (キットラー x 蓮實重彦) 構成: 中路武士
第2部 形而下的 / 形而上的
第3章 カタツムリの目的論 = 遠隔-論理: WiMaxネットワークを装備し彷徨する自己 (ベルナール・スティグレール / 西 兼志 訳)
第4章 われわれ自身のものならざる思考: 選択的注意に何が起こったか (バーバラ・マリア・スタフォード / 星野 太 訳)
[対話コラム2] 注意の危機 (スティグレール x スタフォード) 構成: 中路武士
第3部 ホモジェナイズド・メディア
第5章 技術的時間を生きる (生かす) こと: 代理母的メディアから認知の分配へ (マーク・ハンセン / 大橋完太郎 訳)
第6章 リアリティ・マイニング、RFID、無限のデータの真なる恐怖 (N・キャサリン・ヘイルズ / 御園生涼子 訳)
第7章 メディアアートとの対話 (藤幡正樹・石田英敬)
[対話コラム3] RFIDとメディアアート (ハンセン x ヘイルズ x 藤幡正樹) 構成: 中路武士
関連情報
「座談会 デジタル・スタディーズへの道」(前編) 石田英敬 x マーク・スタインバーグ x 中路武士x吉見俊哉『UP』No.524 June 2016東京大学出版会、pp. 1-12
「座談会 デジタル・スタディーズからの道」(後編) 石田英敬 x マーク・スタインバーグ x中路武士 x 吉見俊哉『UP』No.525 July 2016東京大学出版会、pp. 1-13
編者blog:
http://nulptyxcom.blogspot.jp/2015/08/blog-post.html