デジタル・スタディーズ3 メディア都市
今日、デジタル技術はビル壁面から携帯端末までのデジタル・スクリーンとして爆発的に増殖し、都市のなかに拡散しているだけではない。より重要なことは、地理的・建築的な空間であるはずの都市そのものが、実質的にデジタルな空間として再編成され、メディア空間と建築空間の境界線を限りなくぼやけさせていることだ。私たちが経験しているのは、様々なメディアが都市のなかに溶け出していった状況という以上に、都市がメディアのなかに溶け出していく状況なのである。すでに二〇世紀初頭から、多くの都市で、安手のニッケルオデオンから豪華なグランドパレスまでの異なるタイプの映画館が盛り場に建てられ、やがては近隣の商店街にも建つようになった。映画館以外にも、何らかのイベント開催に際し、学校の校庭や街の広場、スタジアム、寺院境内などに仮設スクリーンが設置され、映画が上映されていた。このようにスクリーンが日常の風景に入り込んでいくことで、私たちの眼差しはそれぞれが身を置く場を超えてしまう。だがやがて、スクリーンは映画館やお茶の間のテレビといった局在性から解き放たれ、屋外スクリーンから膨大な数の携帯端末まで、都市の至るところに遍在化していった。さらにそれと並行して、都市の建築物そのものが、建築的というよりもメディア的、とりわけデジタル的な論理によって建てられていくようになった。これらは段階を追って生じた継起的なプロセスというよりも、構造的に結びついた都市の構造変容の異なる位相であった。
2007年にメディア・スタディーズの世界的理論家たちを集めて東京大学大学院情報学環で開催された国際シンポジウム「ユビキタス・メディア - アジアからのパラダイム創成」では、このような都市とメディアの関係をめぐる多くの論点も多数提起された。また、それらの都市を取り囲むグローバル資本主義の地政学についても数々の議論がなされた。そこでこの第3巻では、特にそこでなされた議論のなかでも都市とメディアの関係やグローバルな消費文化の地政学に関わる諸論文を集めて、遍在化するデジタル・メディアがいかなる建築や都市、メディアの実践、ポピュラー文化や社会運動を浮上させつつあるのかを、具体的な事例に即して考えていくのが、この巻である。第1部と第3部は、主としてメディア・テクノロジーと都市空間の関係がテーマとなっており、第2部は、グローバルな消費文化の地政学がテーマとなっている。ほとんどの論文が、インタラクティヴなメディアの私たちの日常生活への浸透、そこにおける我々の身体的活動とメディア技術の融合化について論じており、そうした状況全体が、ここでは <メディア都市> と呼ばれている。
(紹介文執筆者: 情報学環 教授 石田 英敬 / 2016)
本の目次
第1部 建築と身体、公共空間
第1章 共生する建築:デジタリティを抱握する (ルシアナ・パリジ / 戸田 穣訳・石田英敬監訳)
第2章 生態学的都市論のために: 「ベンヤミン的方法」と多孔性 (田中 純)
第3章 映像文化へのアプローチ: 遍在するスクリーンのアルケオロジー (大久保遼)
第4章 帝都東京における音のネットワーク: 戦時下のラジオ放送と「アメリカ」(林 三博)
[コラム1] Thinking Forest: メディア実験としての工事中景 (韓 亜由美)
第2部 モバイルな都市文化
第5章 「たまごっちの時代」における愛の変容 (ドミニク・ペットマン / 辻 泉 訳)
第6章 ポータブルな市民権 (アン・アリソン / 永原 宣 訳)
第7章 世界を駆ける『アイアンシェフ』: 日本の料理番組、ソフトパワー、そして文化グローバル化 (ガブリエラ・ルカーチ / 河津孝宏 訳)
第8章 オンライン・ファン・コミュニティにおける交流と闘争: 台湾におけるジャニーズファンを例に (龎 惠潔)
第9章 ユビキタス以前へのノスタルジー: 「メディアとしての鉄道」と想像力のゆくえ (辻泉)
第3部 ユビキタス都市の社会運動
第10章 ユーザー・ジェネレーテッド・トーキョー (マティアス・エチャノヴェ / 五月女晋也 訳)
第11章 ICTの社会への浸透と地域との齟齬: 1995年以降の地域の情報化をめぐって (三浦伸也)
第12章 インタラクティヴィティの神話: 監視モードと透明なコミュニケーション (阿部 潔)
第13章 ポストメディア時代における文化政治学へ向けて (毛利嘉孝)
[コラム2] セキュリティ国家における市民社会メディアとコミュニケートする権利 (ガブリエレ・ハード + 浜田忠久)
関連情報
「座談会 デジタル・スタディーズへの道」(前編) 石田英敬 x マーク・スタインバーグ x 中路武士x吉見俊哉『UP』No.524 June 2016東京大学出版会、pp. 1-12
「座談会 デジタル・スタディーズからの道」(後編) 石田英敬 x マーク・スタインバーグ x中路武士 x 吉見俊哉『UP』No.525 July 2016東京大学出版会、pp. 1-13