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アビ・ヴァールブルグによる白黒のイメージ

書籍名

歴史の地震計 アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論

著者名

田中 純

判型など

376ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年8月15日

ISBN コード

978-4-13-010132-5

出版社

東京大学出版会

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歴史の地震計

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本書は、ドイツのユダヤ人文化史家アビ・ヴァールブルクが最晩年に手がけた、おびただしい図像のネットワークからなるプロジェクトである『ムネモシュネ・アトラス』を分析した書物である。ヴァールブルクが「図像アトラス (Bilderatlas)」とも呼んだこのプロジェクトは、古代から20世紀にいたるヨーロッパの美術作品をはじめとするさまざまなイメージの図版千点近くを、黒いスクリーン上に配置した数十枚のパネルからなるシリーズである。本書における分析はおもに、ヴァールブルクの死によって残された「最終ヴァージョン」のパネル63枚 (その記録写真) を対象としている。
 
『ムネモシュネ・アトラス』を貫く二大テーマは、占星術などにおける星辰のイメージと、激しい感情に突き動かされた人間の身振り (ヴァールブルクはそれを「情念定型 (Pathosformel)」と呼んだ) である。『ムネモシュネ・アトラス』ではこの両者が、ときには相互に関係し合いながら、おおむね時代の流れに沿うようにしてたどられている。
 
本書では、『ムネモシュネ・アトラス』最終ヴァージョンの全体構造を巨視的に把握することを試みた。そうした構造が第一章で「『ムネモシュネ・アトラス』の周期表」や「ヴァールブルクの天球」というダイアグラムで示したパネル相互の関係性である。個別のパネルについては、パネル46とパネル79の詳しい分析を例示として収めた。著者はパネル写真を実物大で再現した展覧会を開催しており、本書ではこの展覧会の企画意図と構成を記録するとともに、その折りに『ムネモシュネ・アトラス』と同じ方法によってあらたに作成したパネルについて解説を加えている。この新作パネルでは、「ニンフ」と「アトラス」という二つの主題系が、ヴァールブルクの死以後の時代のイメージへとどのような系譜をかたちづくっているかが示されている。また、ヴァールブルクに関するジョルジュ・ディディ=ユベルマンの二冊の大著をめぐる批判的解題により、この論者の思想を介して『ムネモシュネ・アトラス』およびヴァールブルク研究の将来的展望を切り開くことを試みた。
 
エピローグでは、『ムネモシュネ・アトラス』を通して浮かび上がる、歴史家ヴァールブルクの歴史経験を集中的に考察した。そのとき導き手となったのは、ヴァールブルクがブルクハルトやニーチェ、そして自分自身を譬えた、過去からの「記憶の波動」を感知する「地震計」という比喩である。この地震計は身体のあらゆる感覚を研ぎ澄まし、微細な「歴史の震動」をとらえようとしていた。ヴァールブルク特有の感覚経験や身体性がそこで注目されるべきものとなる。このエピローグにおける議論は、先行する拙著『過去に触れる──歴史経験・写真・サスペンス』の内容と深く関わり、本書のヴァールブルク論を前著の歴史経験論へと架橋している。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 田中 純 / 2017)

本の目次

はじめに
 
第1章 ヴァールブルクの天球へ (ad sphaeram warburgianam) ──『ムネモシュネ・アトラス』の多層的分析
  1.『ムネモシュネ・アトラス』研究の最前線
  2.『ムネモシュネ・アトラス』の制作現場
  3.舞台装置としての『ムネモシュネ・アトラス』
  4.『ムネモシュネ・アトラス』のシークエンス分析
  5.パネルの内部構造
  6.『ムネモシュネ・アトラス』の周期表
  7.ヴァールブルクの天球 (sphaera warburgiana)
  8.『ムネモシュネ・アトラス』という「暗号」
  補論 『ムネモシュネ・アトラス』の通時態
 
第2章 『ムネモシュネ・アトラス』序論・解説
  1.はじめに
  2.草稿D
  3.草稿C
  4.草稿Bおよび草稿E
  5.草稿A
  6.結論──「序論」の位置づけ
 
第3章 『ムネモシュネ・アトラス』展二〇一二
  1.『ムネモシュネ・アトラス』におけるイメージの操作法
  2.「ムネモシュネ・アトラス──アビ・ヴァールブルクによるイメージの宇宙」展
  3.「過去に触れる」迷宮
 
第4章 『ムネモシュネ・アトラス』パネル分析
  パネル46解説
  パネル79解説
 
第5章 ニンフとアトラスをめぐる『ムネモシュネ・アトラス』拡張の試み
  1.「ニンフ=グラディーヴァ」の系譜
  2.「アトラス=せむし」の系譜
 
第6章 ジョルジュ・ディディ=ユベルマンのヴァールブルク論を読む
  1.美術史を開く──『残存するイメージ──アビ・ヴァールブルクによる美術史と幽霊たちの時間』
  2.想像力の戦場──『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』
  補論 『ムネモシュネ・アトラス』におけるゴヤの不在について
 
エピローグ 『ムネモシュネ・アトラス』と歴史経験──地震計としての身体
  1.歴史家の身体経験
  2.嗅ぐことと摑むこと
  3.「像嗜食 (イコノファギー)」の妄想
  4.戦場としての『ムネモシュネ・アトラス』
  5.モンタージュ / パラタクシス
  6.ヴァールブルクによる「歴史の逆撫で」
  7.無気味な震動に「触れる」
 
資料
(1) アンドレ・ジョレス、アビ・ヴァールブルク「フィレンツェのニンフ (Ninfa fiorentina)」──「ニンフ」に関する資料抄 (訳──田中 純)
(2) インタヴュー マッシモ・カッチャーリに聞く (抄) ──過去への危険な愛 (エロス) (聞き手──田中 純、訳──八十田 博人)
 

初出一覧
 
索引
図版一覧
書誌
附録 イメージの宇宙を旅するためのブックガイド──『ムネモシュネ・アトラス』とアビ・ヴァールブルクをめぐる書物の星座
 

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