本書は、ドイツ語圏を中心にイメージをめぐる現象の研究に新しい次元を開拓しているイメージ学 (ドイツ語でBildwissenschaft) の現在を、この分野のパイオニアや新進気鋭の研究者たちの論考およびインタビューによって一望可能にするとともに、その問題機制と生産的に切り結ぶような、比較美術史から写真・アニメーション研究、メディア論にいたる幅広い専門の日本の論者たちの論文を集成して編まれた論集である。
イタリア美術史の権威であるとともにイメージ学を牽引してきたホルスト・ブレーデカンプが本書第1部のインタビューで触れているように、Bildwissenschaftは英米系のヴィジュアル・スタディーズとは一線を劃し、伝統的な美術史とは別のディシプリンとしてではなく、むしろ、美術史それ自体の扱う分野・方法の拡張・発展・深化の産物として形成されてきた。19世紀から20世紀にかけ、美術史学が学問として樹立された場であるドイツ語圏では、その伝統の吟味と再解釈を通じてこそ、こうしたディシプリンの変容が起きたのである。
そのような伝統のひとつが、書名の副題にあるアビ・ヴァールブルクの業績である。一般にはイコノロジーの祖とされるヴァールブルクであるが、たとえばいわゆる「イメージ人類学」の先駆者といった位置づけをはじめとして、ドイツ語圏にとどまらず世界的にその再評価は著しい。本書はイメージ学の源泉のひとつであるヴァールブルクをめぐる研究から出発し、経験科学と美学・美術史との最新の接点である「神経系イメージ学」の動向にいたるまで、イメージ学の踏まえている歴史とその将来的発展のポテンシャルの双方を広く展望できるような内容とした。
以上のような目論見に応じ、本書はイメージ学の源流をたどる第1部に始まり、身体とイメージの関係を問う第2部、「形式 (フォルム)」を通じて作用するイメージ固有の知を扱う第3部、イメージを媒介とした自然科学と芸術美学の交錯を主題とする第4部、神経美学・経験美学などの現状とともにイメージ学の将来を描く第5部という五部構成を取っている。
最後に、本書という織物を象徴するのにふさわしい、対をなす二つのイメージに触れておきたい。そのひとつは第11章の稲賀繁美論文に掲載されている南方熊楠が発見した粘菌の図、もうひとつは第15章のブレーデカンプ論文で示される細菌研究者による菌膜の写真である。この二つのイメージの通底性と差異を思考することこそ、イメージ学の本領であろう。そんな秘かなつながりのネットワークを、読者は本書の随所に見出すことになるだろう。
イメージ学は既存の学問領域の境界を越え──粘菌のように──絶えず動きながら生成変化している。この書物が読者にとって、イメージをめぐるそうした冒険的な思考のための地図となれば幸いである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 田中 純 / 2019)
本の目次
第1部 アビ・ヴァールブルクからイメージ学へ
第1章 アビ・ヴァールブルクにおける歴史経験――イメージ学と歴史理論の接点をめぐって (田中 純)
第2章 「精神的同化」,「無意識的記憶」,アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』(ジョヴァンナ・タージャ / 訳: 田邉恵子)
第3章 記憶の体制とイメージの寄生――ヴァールブルクの動物園探訪 (カール・クラウスベルク / 訳: 濱中 春)
ブレーデカンプインタビュー 形成することは思考すること,思考することは形成すること (聞き手: フェリックス・イェーガー,坂本泰宏 / 訳: 坂本泰宏)
第2部 「行為主体(エージェンシー)」としてのイメージ
第4章 点になること――ヴァイマル時代のクラカウアーの身体表象 (竹峰義和)
第5章 不実なる痕跡――原寸大写真の歴史 (橋本一径)
第6章 「アニメイメージング」と身体表現――CGアニメにおける「不気味なもの」の機能 (石岡良治)
第7章 君主の補綴的身体――一六世紀における甲冑・解剖学・芸術 (フェリックス・イェーガー / 訳: 岡田温司)
第8章 転倒の芸術 (ホルスト・ブレーデカンプ / 訳: 岸本督司・福間加代子)
第3部 イメージ知と形式
第9章 太陽の下に新しきものなし――グラフィカルユーザーインターフェイスへの美術史的アプローチ (マルガレーテ・パチケ / 訳: 難波阿丹)
第10章 メディウムを混ぜかえす――映画理論から見たロザリンド・クラウスの「ポストメディウム」概念 (門林岳史)
第11章 道・無框性・滲み――美術における「日本的なもの」をめぐる省察 (稲賀繁美)
第12章 ゆがみの政治学――マニエリスムとメランコリーの肖像 (フェリックス・イェーガー / 訳: 白井史人)
第4部 イメージと自然
第13章 視覚化と認識のあいだ――リヒテンベルク図形と科学のイメージ研究の射程 (濱中 春)
第14章 「ある地域の全体的印象」――アレクサンダー・フォン・フンボルトによる気象の総観的視覚化 (ビルギット・シュナイダー / 訳: 竹峰義和・長谷川晴生)
第15章 イメージと自然との共生――ネオ・マニエリスムにむけて考える (ホルスト・ブレーデカンプ / 訳: 清水一浩)
第5部 神経系イメージ学
第16章 神経美学の <前形態> (カール・クラウスベルク / 訳: 濱中 春)
第17章 言語と文学の経験美学――旧来の文学研究よりうまく処理できること,そしてできないことは何か? (ヴィンフリート・メニングハウス / 訳: 伊藤秀一)
第18章 神経美学の功績――神経美学はニューロトラッシュか (石津智大)
第19章 一瞬の認識力――ホグレーベの場景視と一望の伝統 (ホルスト・ブレーデカンプ / 訳: 茅野大樹)
第20章 イメージの内在――像と知覚の弁証法 (坂本泰宏)
あとがき (坂本泰宏)
関連情報
加藤哲弘 (関西学院大学) 評 (『映像学』104巻p.278-282 2020年7月5日)
https://doi.org/10.18917/eizogaku.104.0_278
三中信宏 (進化生物学者) 図像からみた知の根源 (読売新聞 2019年7月28日朝刊) https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20190727-OYT8T50120/