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クリームイエローの表紙

書籍名

うつ病のためのメタ認知トレーニング(D-MCT) 解説と実施マニュアル

著者名

レナ・イェリネク、マリット・ハウシルト、シュテフェン・モリッツ (著)、 石垣 琢麿、 森重 さとり (監訳)、原田 晶子 (訳)

判型など

172ページ、B5判

言語

日本語

発行年月日

2019年2月28日

ISBN コード

9784760821815

出版社

金子書房

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

うつ病のためのメタ認知トレーニング(D-MCT)

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本書はドイツ・ハンブルク大学のレナ・イェリネクLena Jelinek教授らによって開発された「うつ病のためのメタ認知トレーニング (D-MCT)」実施マニュアルの邦訳である。
 
メタ認知という心理学用語は、1970年代に教育心理学者のJames H. Flavellによって使われ始めた。メタ認知は「思考についての思考」と定義されることが多いのだが、この心理的機能は複雑な相互関連をもつ4つのコンポーネント、すなわち、(a) メタ認知的知識、(b) メタ認知的体験、(c) メタ認知的目標 (あるいは、課題)、(d) メタ認知的活動 (あるいは、方略) から構成されるとFlavellは考えた。このうち、メタ認知的知識とは、認知的存在としての人間の課題、目標、活動、経験などに関する幅広い知識をさす。たとえば、「自分は、計算は早いが幾何は苦手だ」とか、「人間とは成果を比較し合うものだ」というような自己認識や信念が含まれる。また、メタ認知的体験とは、自らの認知プロセスに関する省察のことで、「アハ体験Aha-Erlebnis」を伴うといわれている。メタ認知は学習の深化や効率化に影響を与えることから、これまで教育心理学の領域で重視されてきた。
 
このメタ認知の臨床的側面、つまり自分の認知能力の欠点と強さの両方への気づきは、臨床心理学や精神医学でも注目されてきた。その背景には、精神障害に関する認知心理学的研究と認知療法の広がりがある。D-MCTは、メタ認知的知識の獲得とメタ認知的体験を重視した、初めてのうつ病へのグループ療法である。
 
D-MCTは、ドイツ国内ではランダム化比較試験 (RCT) によって有効性が確認されているが、他の国にまだ十分普及しているとはいえない。本書はドイツ以外で初めて出版されたマニュアルである。筆者はハンブルク大学と協力しながら、MCTの普及と研究を目的としたMCT-Jネットワーク (http://mct-j.jpn.org/) を主催している。このネットワークが主催する全国規模のワークショップによって、D-MCTを実践する医療者は着実に増えている。2019年には開発者のイェリネク教授を招聘し、本書をテキストとしたワークショップを東京大学駒場キャンパスで行った。
 
本書の出版とD-MCTの周知は、新しい心理社会的支援法の普及のためだけでなく、日本における今後の治療効果研究のためにも重要な意味を持つ。精神療法の効果研究にはさまざまな要因が絡むので、常に困難がつきまとう。しかし、D-MCTはきわめて構造化された治療法であり、本書のようなマニュアルとそれに基づいた治療者トレーニングが可能になれば、研究上の困難の多くをクリアできる。D-MCTの有効性を科学的に証明することは、日本のEvidence Based Practiceの発展にも寄与すると考えている。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石垣 琢麿 / 2020)

本の目次

第1章 はじめに
 1.1 うつ病とは何か
 1.2 うつ病の治療とD-MCT開発の背景
 1.3 うつ病と認知バイアス
  1.3.1 CBTにおけるうつ病の典型的な認知バイアス
  1.3.2 その他の思考の歪み
 1.4 メタ認知:誰もが口にする ―しかし、それはいったい何なのか?
 1.5 うつ病のための(メタ)認知トレーニングは必要か?
 1.6 D-MCTの内容の概要
 1.7 D-MCTの有効性に関する検討

第2章 適用と実施指針
 2.1 適用
 2.2 実施のための全般的なヒント
  2.2.1 全般的なヒント
  2.2.2 使用する資料に関するヒント
  2.2.3 トレーニングの反復要素

第3章 グループ・トレーニングの実施について
 3.1 トレーニングの一般的な進め方
 3.2 モジュール1:考え方のかたより 1
 3.3 モジュール2:記憶
 3.4 モジュール3:考え方のかたより 2
 3.5 モジュール4:自尊心の低下
 3.6 モジュール5:考え方のかたより 3
 3.7 モジュール6:不具合な行動
 3.8 モジュール7:考え方のかたより 4
 3.9 モジュール8:感情の誤解

第4章 個人精神療法へのD-MCTの応用
 4.1 はじめに
 4.2 CBTに基づく個人精神療法への応用
 4.3 アセスメントの方法
 4.4 個人精神療法へ転用するための一般的な実践ヒント

付録
 参加者のしおり
 グループ・ルール
 ホームワーク
  H1 モジュール1:考え方のかたより 1
  H2 モジュール2:記憶
  H3 モジュール3:考え方のかたより 2
  H4 モジュール4:自尊心の低下
  H5 モジュール5:考え方のかたより 3
  H6 モジュール6:不具合な行動
  H7 モジュール7:考え方のかたより 4
  H8 モジュール8:感情の誤解
 

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